2001/03/31(Sat)
<休職宣言>
 掲示板にも書き込みましたが、とりあえず会社を「休職」しようかと思っています。
 きのうの朝までほとんど辞めるつもりだったんですが…
 泊まり明けの朝、社内のAさんに相談に行きました。Aさんは僕の父の高校時代の野球部の先輩で、局は違いますが、何かとかわいがっていただいてる方です。きのうの日記の中で書いたようなことをかいつまんで説明し「会社を辞めたい」と話しました。
 一部始終を聞いたAさんは「政君、君の気持ちはよく分かった。だけどもう少し待ってくれ」と話し、僕に会社の実情がなぜだめなのか、そしてそれを受けて今後何をしなければいけないかを実例を挙げて語ってくださいました。
 聞いていて鳥肌が立ちそうでした。詳しい中身はここでは明かせませんが、やり方さえ工夫すればこんな会社でも「まだまだ捨てたもんじゃないな」と思うようになりました。
 僕自身、もともとはうちの新聞が地元スポーツを中心にしたスポーツ紙に紙面を大刷新しない限り、生き残る道はないと思っていました。どうせ会社は変わらないから、底無し沼に向かって石を放り込むぐらいなら、裸一貫自分から始めた方が自分にとって後悔しない生き方ができると思っていました。
 でもAさんの話を聞いていると、その願いが全て実現しなくとも、かなり高いところで僕の希望するような紙面展開ができるんじゃないかと確信したんです。僕としても結果だけで一喜一憂するマスコミじゃなくて、地道な活動を続ける人たちを応援するメディアができればいいんですから、そのために組織としての鹿児島新報が利用できるなら、こんな心強いことはないです。「新報の政です」というのと「フリーの政です」というのでは、現実的には前者のほうがずっと動きやすいのが今の日本社会の厳しい実情でしょう。
 何にしてもとりあえずは「無理しても休む」ことが肝心。こんな風にいろいろ頭を働かせるだけでも、体のどこかに負担をかけているんですから…。休職したら何しようかな? 1−3カ月ぐらい会社のことは一切忘れて、自分のために時間を使ってもばちは当たらんでしょ? 3年間いわば年中無休で働いてきたんだから。いっぱい、いっぱいやりたいことがあります。それを考えると楽しくて眠れません。これってやっぱり病気なのかな?



2001/03/30(Fri)
<辞める本心>
 けさは泊まり明け。朝起きて他紙をチェックすると、ガーンとショック!! 南日本新聞に「徳洲会が陸上部創設」の記事が出ていました。うちの新聞には書いてありません。こういうのを業界用語で「抜かれた」といいます。ちくしょーーーー。こっちだって知ってたのにーーー。まっ、いいか。きょう出てあす出すといかにも「追っかけました」ってことになるので、しばらっくじっくり調べて「射的」といっしょに出して、きっちり落とし前をつけましょう。なんせ南はその横の「新天地にかける―鹿県内有力高校選手の進路」ではラグビーの田原太一君(我が母校・同志社大に進学です)のことを「高校日本代表候補」と書いている。もう高校を卒業するのに「高校代表候補」はないでしょ。しかも、田原君は「候補」じゃなくてれっきとした「代表」ですよ。確かきょうまぐらいまでスコットランド遠征に参加してるんじゃないかな? いずれにせよ南もいいかげんな新聞だということが証明されました(負け惜しみ!!)。

 おとといからきのうの朝まで、僕はある高校の野球部監督のK先生といっしょでした。僕が会社を辞めたいわけ、新しいスポーツ紙を作りたいという考えを一晩話しました。
 僕の中では今の段階で考えられることを全て話したつもりだったんですが、「本当にそれでいいのか?」「人を頼るようではまだ甘い!」とかなりきついことを言われました。そして「あと3カ月ぐらい、生活面から一切を自立して今の会社にいて、それでも辞められるか考えてみたら」と言われました。
 僕は「会社が嫌だから辞める」のは決してほめられた辞め方ではないと思っていました。「やりたいことがみつかったから辞める」という前向きな考えならきっとうまくいくと思っていました。でもK先生に「社会には辞めたくても辞められないでがんばっている人がたくさんいる。辞められることも幸せなんだ」といわれて、頭をパイプでなぐられたようでした。
 「じゃあと3カ月がんばってみます」といいましたが、正直それは本当に辛いと思いました。そこで初めて自分の本心に気づいたのです。振りかえってみればこの3年間、ひたすら走り続けていました。特にこの3カ月は連載だけで3本、そのほかのルーティーンワークもきっちりこなすというはっきりいって異常なぐらいの猛烈ぶりでした。人からも「なんでそんなにがんばれるの?」と聞かれるけど、別に深い理由はなく、書きたいものがあるから書いているだけだと思っていました。でも、これだけハイテンションでがんばっていると知らず知らずのうちに大きな無理をしていました。かぜをひいて、すぐ治ると思っていましたが、治るどころかせき込むと吐き気をもよおすというちょっと気になる状態になっていました。
 きのうにしても一睡もしないで仕事して、さらに会社での泊まり勤務。これではいくら気持ちが前向きでもどこかで無理をしています。今の状態はそんな自分への危険信号ではないか?
 そう考えたら「辞めたい」と思った本心は、そういうことも含めて「辛い」からだと分りました。K先生も「それならむしろあすにでも辞めるべきだ」と本当に優しい声で話してくれました。「無理をしたらいかんよ」という言葉が身に染みました。どんな立派な夢を持っていても無理をして取り返しのつかないことになったら、泣くのは自分です。
 会社にいたらどう考えても無理をしてしまう。それは自分だけではなく、知らないうちに周りの人も傷つけていたことも気づきました。今は本当にゆっくり休むことを考えたいと思います。夢の実現もそれからです。少し楽になりました。

<夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>3月29日
 今日は午後からの練習でした。とても風が強くて、みんな砂あらしが舞う中の練習となりました。今日は、指導者の方が男の子を連れてきて一緒に練習をしました。その子も楽しそうにいろいろと学べたみたいで、良かったです。昨日、学校の周りの壁にかけてある言葉がとても今の自分達に合っている気がしました。それは「今日は今までの結果、明日は今が創る」です。いい言葉だ〜!(ゆいちん)
=本当にいい言葉だね。明日は今が創る!!! 僕もそんな生き方したいもんだ。(つかさ)



2001/03/29(Thu)
<壮絶なる一日>
 3月28日から29日朝にかけて、僕の人生において重大な出来事がありました。二宮清純さんに会えたのもそのひとつ。それ以外にもここでは書き尽くせないほどたくさんのことがありました。それは少し整理してから書こうと思います。
 とりあえず4月いっぱいで会社は辞めようと思います。理由は夢の実現もそうですが、何より今会社にいることが本当に辛い。それがきのう一晩、ある先生と話をしていて分かりました。会社にいればいるほど、頑張れば頑張るほど、周りの人も自分も傷ついてしまう。それが耐えられない。辞めてしばらく心も体も休めてみようと思っています。

<夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>3月28日
 昨日の試合はメンバーの体調が心配されましたがなんとか勝つことができました。やっぱり勝つということはうれしいものです。次の試合もその次の試合も負けるわけにはいかないので全力でがんばろうと思います。(あきちん)
=「負けるわけにはいかない」って相当気合入ってるね。部員全員がそんな気持ちで統一できれば、勝てるチームになるのかな?(つかさ)



2001/03/27(Tue)
<決心>
 スタンドで鶴丸の試合をみながら考えました。
 テーマはただひとつ。「インターネットのスポーツ新聞を作ってみようか」ということです。
 もともとこのHPも最終的にはそれを目標にしてつくったものです。くしくも南日本新聞のペンの暴力を目の当たりにして本当にスポーツを文化として成熟させるためのメディアが必要ではないかと痛感しました。
 もうこのHPがある以上、「僕の書いた記事が載る」という鹿児島新報のたったひとつのメリットはなくなった。もうこの会社に未練はありません。当面、実家のカラオケボックスがHPを立ち上げるそうなんで、そのお手伝いをしながら、1年間ぐらいあらゆるスポーツに挑戦し、スポーツとは何なのか、じっくり考えてみて、最終的な結論を出してみる。本当は40歳ぐらいになってからと漠然と考えていたけど、心身とも充実して体を動かせるのは今の年代がもう最後なんじゃないだろうか? 幸い結婚もしていないし、失うものは何もありません。少なくとも今の会社にいるよりは後悔しない人生を送れるような気がします。1、2年ぐらい本格的な報道の現場から離れてみて、食べていくための経営も勉強してみたいです。
 新スポーツ紙のタイトルは「ディーセント・スポーツ鹿児島」(DSK)とひらめきました。「ディーセント」とは「上品な」とか「品格のある」といった意味です。大学時代の恩師・浅野健一先生の座右の銘である「ディーセント・ジャーナリズム」を拝借しました。故郷・鹿児島でディーセントなスポーツジャーナリズムの新聞という僕の願いを込めました。まぁまだそれは当分さきのことなんで、じっくり構想を練って可能な限り、成功させる道を探っていきたいです。

<夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>3月26日
 いよいよ明日は松陽と1回戦です。体調が悪い人、疲れてる人が多いけど部員もマネージャーも心一つにして勝っていきたいです。今日はゆっくり休んで少しでも体調を良くしてほしいです。この冬の成果をみせてほしいです。(さかせ)
=新世紀初勝利おめでとう!! いい試合だったと思うよ。何より多くの保護者の方や卒業生たち、そして志半ばで野球をあきらめざるをえなかった一年生までスタンドにきてくれていたのがうれしい限りでした。でもまだ初戦。沖縄までの道は厳しいぞ!!(つかさ)



2001/03/26(Mon)
<心ゆくまで>
 夜、日ごろお世話になっているNHKの野球解説者さんとその娘婿さんとで、元プロ野球選手がやっているもつナベ屋に連れいていってもらいました。夜遅かったんで正直気が重かったんですが、行っていろんな励ましをもらって心ゆくまで飲んで、とってもいい気持ちで酔えました。たまにはこんな日もないとね。

<夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>3月25日
 今日から春の大会が始まりました。しかしあいにくの雨で開会式はドームの中で行われました。鶴丸の瀬戸口校長先生が、野球部に今相次いで起こっている喫煙や、暴行事件について話されました。N高校も暴行事件が起きたため、今大会を自粛するそうです。本当にそういうことにだけはなりたくありません!その後、学校でビデオを見て解散となったようですが、私は担任の結婚式だったのでそっちに行きました。初戦まであと2日! 風邪ひいてる人がとにかく多い! 疲れをきちんとって欲しいです。(ゆいちん)
=高校野球は世間から注目されてマスコミでたくさん報道される分、こういった事件が世間に大きく報道される宿命にある。報道側の意識改革も必要だけど、何より現場で頑張っているみんながチームのきずなを強くして、こういったことが二度と起こらないようにすることが大事だね。(つかさ)



2001/03/25(Sun)
<球春…いいなぁ>
 春の高校野球県大会がはじまりました。あいにくの雨で入場行進はありませんでしたが、真新しいユニフォーム姿が一同に勢ぞろいした様子は圧巻で、期せずして心が熱くなるのが不思議でした。なんだかんだいっても僕は「高校球児」の心のままに生きてるんだなと実感しました。
 顔見知りの選手や監督、部長さん、報道関係者、今日一日本当にたくさんの人と他愛のないおしゃべりをして、何度も何度も心から笑いました。この3年間で僕を育ててくれた恩人なんだなって思いました。このところ腹の立つことばかりでしたが、少しは心がなごみました。何度も何度も繰り返される光景なのに、そのたびに新鮮な驚きを感じるのが不思議です。
 「掲載記事」に今日撮った3枚の写真をアップしました。ちょっと面白い高校野球の裏側がのぞけるかも…

<夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>3月24日
 今日は大会前最後の練習試合でした。しかし、けが人や、病人が多くていま一つ調子があがらず、完敗。ちょっと心配ですが今のこの時期にマネージャ―が部員にできることは、部員を信じることだけなのであとは部員を信じてがんばってほしいです。春の大会初戦まで・・・あと3日(ゆきちん)
=「自信」とは「自らを信じる」と書く。やるだけのことをやったら、あとはひたすらチームを信じることが勝利を引き寄せる。(つかさ)