| 2001/04/21(Sat) |
| <飲んだー> あすからうちの主催のサッカーフェスタがはじまるので、監督会(=飲み会)に参加しました。 なんせ仕事をとっとと片付けて遅れていったもんですから、皆さんできあがっているし、僕はほとんど飯食ってないし、飲んで話す一方で結構大変でした。 思えば、僕が3年前にスポーツ記者として第一歩を踏み出したのがこの大会でした。一人一人にあいさつに回ると、いろんな方が「新聞に取り上げていただいてありがとうございました」「活字の力は大きいです」といってくださったのがうれしかったです。 たとえ部数の少ない新聞であっても、自分たちの活動をとりあげることを喜んでくれる人がいる。それだけで僕の仕事の励みになります。明日からのサッカーフェスタ。休みボケでろくに準備もしていないけど、皆さんの期待にこたえられるよう頑張ろうと思っています。 |
| 2001/04/20(Fri) |
| <仕事再開> きょうから仕事再開です。でも「休みボケ」が治りません。うーーんもっと休みたいよ。 泣き言を言ってもはじまらないので、とりあえずやるべきことを優先させて仕事しました。 昼間NHKを見ていたら、京都放送局の中継で僕の大学時代の先輩・Nさんが出てきました。Nさんは合唱団のひとつ上の先輩で、僕と同じ年に就職活動して見事NHKアナウンサーの仕事を射止めました。京都にいることは知ってたんですが、鹿児島ではなかなか見る機会がありませんでした。それが京都から帰って次の日にテレビで見るなんて…。これも何かの縁なんでしょうかね。テレビで見たNさんはなかなかカッコイイ人でした。 |
| 2001/04/19(Thu) |
| <四年間をたどって> 16日からきょうまで三泊四日で京都旅行をしてきました。 おおげさに言えば、学生時代の四年間を四日間でたどる旅だったような気がします。 就職浪人をするため学費を稼ぐためにアルバイトをしていた京都駅の伊勢丹からスタートして、親戚の家に行って一泊。翌朝は近鉄線で京田辺市までくだり、田辺の坂を登って、僕が二回生まですごした同志社大田辺キャンパス(今は「京田辺キャンパス」に名前が変わってしまいました)へ。 新聞学専攻の浅野先生の一回生ゼミで、「今、地方紙だからできること」という演題で一コマ講師をしました。ちゃんと話せるか、聞いてもらえるか不安でしたが好評だったようです。そのあと鹿児島工ラグビー部出身で高校日本代表に選ばれ、同志社に進学した田原君に会いました。元気そうで何よりです。夜は浅野ゼミ一回生の新歓コンパに参加、そのあと京大に行った同級生の家に行って四時ごろまで飲んでました。まさに「学生気分」ってやつです。 三日目は昼過ぎまでのんびり同志社の今出川キャンパスを散策し、夕方は浅野先生の研究室でアメリカの雑誌の東京支局に勤める日本人の女性記者が浅野先生に取材するのを横で聞いていました。ものしずかだけど芯はしっかりしていて知的な印象でした。僕も見習わないと…。 合唱団時代の後輩と夕食をとって、帰りがてらに合唱団の練習のあとでいきつけの中華料理店「ニュー北京」にも顔を出しました。その日も京大の同級生の家で夜を明かしました。 最終日は同級生といっしょに京大のグラウンドでキャッチボール。そのあと同志社に戻り、三、四回生のゼミでも話をさせていただきました。夕方の最終便で無事、鹿児島へ…。 ざっと四日間をまとめてみましたが、ここでは書ききれないぐらい中身の濃い四日間でした。それはおいおい日記や掲載記事の中で書こうと思います。やれやれ、あしたからの仕事が結構大変かも…。 |
| 2001/04/16(Mon) |
| <夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>4月15日 今日は指宿高校グラウンドで練習試合をしました。今日は大会以来最初の練習試合だったので、とても楽しみでした。しかし、試合の方は結構エラーが多かった気がします。結果は、勝ちと負けでした。最後の試合には、3年生は全員出ることができ、自分の今の実力がわかったと思います。ただ一年生もレギュラー争いにはいってきた場合、今まで以上に厳しくなるので、ぜひみんなお互いを刺激しあって頑張ってほしいです!(ゆいちん) =ベスト4で浮かれた気持ちを引き締めるには丁度よかったのでは? これからが本当の勝負だ!(つかさ) 今日はゆきちんは、学校練習組だったので、学校でがんばりました。学校では一年生対二年生の紅白戦をしました。もちろん二年生が勝ったけど、なかなかいい試合をしていました。メンバー以外の部員や一年生にがんばってもらって、メンバーをおびやかす存在になってほしいです。(ゆきちん) =紅白戦は一年生チームを指揮させていただき本当にありがとうございました。きのうの紅白戦は新一年生のやる気と、やつらに負けるかと頑張った二年生の気迫がぶつかったいい試合だったと思います。(つかさ) |
| 2001/04/15(Sun) |
| <「つかさ監督」初さい配!> 上級生チームが練習試合に行ったので、学校に残った一、二年生といっしょに練習しました。 打撃練習が終わったあと、部長先生が「二年対一年で試合をしよう」とナイスな練習を提案してくださいました。そして、な、な、何と「つかさ君は一年生チームの監督をしてくれない」とのこと。うれしくてワクワクしました。 一年生チームとはいえ、監督を任された以上、勝利と一年生の成長のために全力投球することを心がけました。一回を無難に抑えたあと、四球で出た走者が二盗、三盗し、それが悪送球を誘い1点目。四番、五番の連続長打で2点目を加え、初回で幸先よく2点を先制しました。 しかし、先輩チームもさるもの。中盤の集中打で逆転されて結局、3−8で、「監督初さい配」のゲームは負けてしまいました。 試合後、一年生全員が「悔しい」と言いました。僕自身も勝てなかったのは残念だけど、悔しいといえる一年生を見て将来が楽しみになりました。ヒットは5安打しか打てなかったけど、7盗塁を決めて足で揺さぶりました。ピンチの時は内野手全員で肩を組んで盛り上りました。高校に入って、野球部に入ってまだ間もない連中なのに、彼らはもう「鶴丸の野球」が分かっていると思いました。 さらに対戦した二年生たちも、「高校野球は甘くないぞ」と後輩たちに教えているような気迫のこもった試合をしていたのが何よりうれしかったです。レギュラー組との争いに加えて、下級生との勝負も加わり、ますます彼らの努力が必要になってきました。いろんな意味で収穫の大きかったきょうの練習でした。 <夢へ向かって―鶴丸高校野球部日誌―>4月14日 一年生が入ってきて自己紹介をしました。1年前や2年前の部員はこんなに初々しかったのかな、と思いました。これから一緒にがんばっていこうと思います。今日は笠沙高校のみんなと合同練習をしました。お互い学ぶことがたくさんあり、良い練習になったと思います。(あきちん) =よその学校と練習できるなんて本当にまたとない機会だったね。鶴丸のみんなも笠沙に負けないように精進しよう。(つかさ) |