2001/11/17(Sat)
<焦燥>
 高校ラグビーの決勝をテレビで見ました。野球、駅伝、サッカー、ラグビーと秋スポーツの大事な時期をこんなかたちで迎えてしまったことに非常な焦燥感を味わっています。
 思えば、去年も同じようなうつの状態から立ち直って、最初に取材したのが京都の高校駅伝と花園の高校ラグビーでした。代表の鹿実のメンバーといっしょに同じ宿に宿泊して楽しかったことを、きょうテレビを見ながら思い出しました。以前宿をともにした高校生が、花園を目指し、全身全霊を傾けて頑張る姿をこんなかたちでしか見守れない自分がなんともいえず歯がゆくてたまりませんでした。
 郵便受けをのぞくと、鶴丸高校野球部の後援会誌が届いていました。夢を追い日々努力を重ねる後輩たちがいます。今の自分を重ねることができないもどかしさ。こころのうちに湧きあがる衝動が突き刺さる。失ってしまった時の重さをどう埋めていけばよいのか? 過去にしばられず、未来をみつめることが大事と頭ではわかっているはずなのだが…



2001/11/15(Thu)
<メール>
 日記を再開して以来、いろんな人からの励ましを頂いております。
 直接会った人はもちろん、このHPの掲示板やメールによる激励のメッセージもあります。きょう、メールをチェックしていると、夏の高校総体の取材で知り合った沖縄の記者からメッセージが届いていました。
 鹿児島実のサッカーに関する情報をネット上で検索していたら、僕のページに行きついたとか。そういえば、夏の夏季国体の取材で宮城に行ったときも、このHPを見たことがある水球の専門紙の記者だという女性の方から「つかささんですよね?」と声をかけられたことがあります。改めてネット社会ってすごいんだなと実感しました。
 それにしてもこれだけ、多くの方から温かい励ましを頂いていること。感謝感激です。期待にこたえる努力をせねば…。



2001/11/14(Wed)
<復職目指して>
 いい加減、仕事に戻らねばと思う気持ちはあるのに、なかなか踏ん切りがつかないのはなぜでしょう? やっぱり自分に自信がないからか…。



2001/11/13(Tue)
<かみぐせ>
 我が家の愛犬・エリーは6月17日生まれ。そろそろ6ケ月になるメスのゴールデン・レトリバーですが、愛らしく元気なやんちゃ坊主として家族の一員に定着しつつあります。
 犬の習性なのかスリッパ、タオル、靴下、足拭きマット…といったものにやたらかみつく「かみぐせ」があるのに困っております。そんな折、きょうの夕食中にテレビで「伊東家の食卓」を見ていると「犬のかみぐせを治す裏技」があるとのこと。なんともジャストタイミングな内容に「ナイスだ!日テレ!」と、この間大いに毒づいたことも忘れて見入っておりました。
 それによると、例えばスリッパをかんで離さないとしたら、かんだ犬をしかるのではなく、かまれたスリッパのほうをしかる。これを1週間ぐらい繰り返すとかみぐせがなくなるんだそうです。これは犬が狼の血を引いていることに関係があり、プライドが高く、飼い主に注目してもらいたいと思っている犬は、自分が無視されることを敏感に感じてかむのをやめるとか。
 「恐るべし! 伊東家の食卓」と感心し、さっそくエリーが今、やたらいろんなものをかんでいるので裏技を実行していますが、犬ではなくものに真剣に語気を荒げている姿にむなしさを感じつつ、しかも、エリーはものに怒っている飼い主なんぞへとも思っていないのか、次々といろんなものを見つけてかみまくっています。本当に裏技は効果があるのか? 裏技の効き目に疑問を感じつつ、真剣にスリッパをしかっている「つかさ家の食卓」です。



2001/11/12(Mon)
<生き方>
 掛かりつけのメンタルクリニックに行ってきました。
 以前に比べると、僕自身もだいぶ明るくなったし自分のことを積極的に話せるようにはなっていますが、問題の「うつ」の根源についてはまだ本当の解決をみるにいたっていません。
 9月からこの病院に通っていますが、僕がここの先生から言われるアドバイスは、つきつめると「今までの生き方を見なおして、力を抜いた生き方ができるようになること」に尽きます。とくに二十歳台になってからは、何かきっかけをつかんで自信を持つと何事にもチャレンジ精神旺盛で、独創性と活気にあふれているのに、ひとたびそのバックボーンを見失うと自分が限りなくだめで無力な存在だと思いこんでしまうという、浮き沈みの繰り返しでした。
 新聞記者という仕事についてからは、極論すれば自分にしか書けないもの、できないこと、オリジナリティを追求することを自らに課していたような気がします。でも、張り詰めた状態を長く続けていればいつかはプツンと糸が切れてしまうように、今の僕は糸の切れた凧のように空を漂い、弦の切れたギターのように音がならないのです。
 無論、人生にオリジナリティを追求することは決して悪いことではないし、自分の求めていた生き方はそう簡単に軌道修正できるものではありません。でも、常に「オール オア ナッシング」的な生き方を続けていれば、仮に何かをきっかけにしてまた立ち直ったとしても、またどこかで挫折してしまうでしょう。
 「こんなときもあるさ」とだめな自分も認めて、肩の力を抜いて生きること。診療を受けるたびに言われることで、頭では分かっているつもりなんですが、なかなかうまくいけません。始まりは「自分」を肯定すること。だめな自分だって自分なんだと受け入れること。簡単なようで難しいことです。

 それにしても心療内科、精神科の医者ってすごい仕事だと思います。心の病気は症状も人によって千差万別。「完治」ということが百人患者がいれば百通りある多様さ、もっといえば一人の人間の人生そのものを治療する宿命を背負っているように思うからです。
 診療の最後に先生に「こんなにいろんな人の悩みを聞いていて、先生自身がうつになったりすることはないんですか?」と聞いてみました。いつも僕に「リラックス」を勧める先生が、微笑を絶やさず、でも目だけはキラリと輝かせて「そんなことは絶対にありません。プロですから」と話していたのが印象的でした。



2001/11/11(Sun)
<再燃>
 正直に告白すると、回復したかに思えた例の「黒い蛇」はまだ執念深く頭にこびりついているような気がします。
 仕事も、何もかも放り出して、ダラダラと無為な日々を過ごすという超ぜいたくな状態にある(いや、だからこそ余計に)はずなのに、こころの中は底無しの砂地獄を這い回っているようなあせりばかり感じています。自分を支える支柱が見えないんです。ほんのささいなことにこころを煩わす弱さが情けないです。立ち直ったと思ったのに…。