| 2002/09/08(Sun) |
| <祝福> きのうから一泊二日で京都に後輩の結婚式に行って来ました。 このところ遊びすぎて金欠で、正直行くのがためらわれたのですが、僕にとっては 二人とも大切な人間だったので、強行日程をおして行って来ました。 素晴らしい結婚式でした。二人は同じ合唱団の先輩・後輩にあたり、二人とも僕は よく知っています。式は二人の人柄が良く表れていたと思います。大学時代にベース のヴォイストレーナーをしてくださっていた周江平先生が2次会で素敵な独唱を披露 してくださり、感動しました。僕が結婚するときも是非きてもらいたいと思わずには いられませんでした。二人の行く末に幸多からんことを心から願ってやみません。 |
| 2002/09/07(Sat) |
| <打撃投手の極意> きのうは鶴丸で久しぶりに打撃投手をしました。 できは最悪でした。かなり長く投げたのですが、まずは制球難。調子のいいときならいくらでも際どいコースに投げられたはずなのに、ボールがほとんど上ずってネットに引っ掛かる。低めに投げようとすればワンバウンドで届かない。最悪のジレンマに陥ってしまいました。 もともとコントロールのいい方ではないし、あのネットで囲まれた空間は必要以上にプレッシャーを感じて体が縮むような気がします。普段はそこまで苦しむことはなかったのですが、きのうは十分に肩慣らしのキャッチボールをしなかったせいで、ボールを離すタイミングが完全に狂ってしまいました。選手には非常に打ちにくい打撃投手で迷惑をかけてしまったと反省しています。 打撃投手はコントロールがいいに越したことはありません。打者の要望に応じて、コース、球種を使い分けることができたらと思って訓練はしているのですが、なかなかうまくいきません。 ある監督さんに言われたのは、コントロールの悪い打撃投手でもそれなりの使い道はあるとのこと。その場合は「勝負の打席」として、自分の打てるボールがくるまで徹底して我慢するということ。実際の打席で勝負する場合は、いつも自分の都合のいいボールがくるはずはありませんから、その練習でボールをみる我慢を学ぶということです。 だから僕はコントロールが定まらないときは、選手に「我慢だぞ」と言っています。まぁ、ストライクが入ればそれに言うことないんですが… きょうはこれから大学の後輩の結婚式で京都に行ってきます。宿直明けのハードスケジュールです。 |
| 2002/09/06(Fri) |
| <頑張れ!後輩たち> 春季リーグ戦のときにも書きましたが、最近は大学野球を見る楽しみができました。県内の高校を卒業して大学でも野球を続けている選手の成長ぶり(衰退ぶり?)が見られるからです。 中でも鹿児島大には鶴丸高卒の選手が2人います。二年生の新村君と一年生の日高君です。2人とも高校時代からよく知っている仲です。 中でも新村は今や鹿大投手陣の柱ともいうべき好投手に成長しています。身長185センチ、体重85キロの堂々たる体躯は、間違いなくプロをも狙える素材であることは間違いないです。高校時代はノーコンでなかなかチームメートの信頼を勝ち得ない選手でしたが、三年生になって内野監督のもとで野球のイロハを教わり、最後の夏はチームをベスト8に導く原動力になった投手でした。 今では高校時代とは見違えるほどコントロールがよくなり、直球の球速も140キロ近く出ているのではないでしょうか。話を聞くと、大学に入って変化球の制球がよくなり、「ピッチングが分かってきた」と言います。 きょうは左肩に痛みがあって苦難のマウンドでしたが、最後一死満塁のピンチも、制球の定まらない直球を捨てて変化球勝負で三振、最後の打者は一転して強気の真っ直ぐで攻めて三振と連続三振で切り抜けました。悪いなりにも結果をだすあたりに、成長のあとを感じました。 こうやって鹿児島の高校野球を卒業した選手が、頑張っている姿を見るのは楽しいです。今年の卒業生で医学部に入った後輩も野球部に入ったそうです。今後も、彼らの活躍を見守っていきたいものです。 |
| 2002/09/05(Thu) |
| <反響> 5日前の日記に、新報スポーツ面改革案を書いて様々な人から反響がありました。 昨夜は初めて僕の携帯にメールがありました。このページを見ているという女子高生でした。高校の野球部でマネージャーをしているという彼女は、貴重な(?)新報の読者だそうです。現在のスポ面が確かに見づらいことを指摘してくれた一方で、今年の夏の高校野球の別刷りチーム紹介や大会報道を評価してくれていました。スポ面充実化はもちろん大賛成だそうです。 ことのところ、あう人ごとに同じ話を持ちかけていますが、みなさん後押ししてくださっています。身近なスポーツに関する情報を知りたがっている人がたくさんいることを物語っています。もはや、スポ面改革は僕のやりたいことではなく、僕のやるべきことであると思いました。 |
| 2002/09/04(Wed) |
| <遊びもほどほどに> きのうの日記で遊ぶことの大事さを説きましたが、きょうは遊びすぎもよくないとつくづく思いました。 きのう夜中の3時まで飲んでました。帰りのタクシーの中ではすっかり酩酊しており、家に帰ったら速攻寝てしまいました。今朝7時すぎに目が覚めると、非常に気分が悪い。今までどんなに飲んでも朝少々からだがだるかなと思うことはあっても吐き気をもよおしたことはなかったのに、ベッドから起きるなりトイレに駆け込んではいてしまいました。 きょうは昼から祁答院までゴルフの取材にいかなければならないのに、どうしても体がうごかなくて午前中は安静。昼過ぎにようやく体が持ち直したので何とか仕事をすることができました。 いくら遊びが大事でも程度っちゅうもんを考えないと、ろくなことがないという教訓になりました。 |
| 2002/09/03(Tue) |
| <遊ぶこと> このところ週2回、つきに7、8回のペースで飲みに行っています。去年の今ごろはうつ病でどつぼにはまっていて外に出かけるなんて思いもよらなかったのに、1年で今のような状況になったことが信じられない思いです。 それにしても、最近強く思うのは「遊ぶためにはお金がいる」ということです。「何を当たり前のことを」と思う方もいると思いますが、食事や住居費の心配の要らない実家から通っていると会社の給料が安いことを本気で心配したことがありませんでした。 しかし、こうして夜な夜な外で飲んでいると、お金がみるみるなくなっていくことが切実に感じられるようになりました。 以前、うつ病で悩んでいるときに、ある先生から「人間は遊ぶために仕事をしなければいかん」と言われたことが今になって分かります。本当に遊ぼうと思ったら真剣に仕事を早く終わらせようと考えます。そして、いつでも遊ぼうと思ったら、それなりの収入を得なければいけないと考えるようになりました。 しかし、今の会社のままでは確実にそのとおりにはいきません。今の状況を楽しみつづけ、最低限に自立した上で豊かに暮らすためには、新聞の売上を伸ばすことを真剣に考えています。だからこそ、スポーツ面の充実化計画を具体化することが急務です。そんなことも働く原動力になっています。 |
| 2002/09/02(Mon) |
| <徒労に終る> 九州国体のソフトボール成年女子の取材に国分までいったはいいんですが、会場に行ってもだれもいません。 11時開始の決勝戦を取材するつもりだったのに、予定表のどこを見ても、場所と時間に間違いはなし。不審に思って事務局に電話してみると、台風で順延となった関係で、すでに代表権の決まった試合は行わず、代表決定戦のみ行ったとのこと。 「そんな話、聞いてないよ!」とだれに対してもぶつけきれないぼやきを車の中でひとり憤り、再び1時間かけて鹿児島市内に戻ってきました。しょうがないので軟式野球の準決勝を取材に行きましたが、あまりのお粗末な内容に取材する元気もうせて、何もせずに帰りました。 とくに仕事はしていないのにどっーーーーーと疲れた1日でした。 |