2002/10/27(Sun)
<九州リーグと新人陸上>
 きょうから九州高校野球の取材で熊本に出てきました。昨年インターハイで調子を崩して以来の熊本ですから、何となく感慨深いものがあります。

 まぁ高校野球で鹿実か鹿商の練習に行くのが常道ですが、きょうは一計を案じて違うことをしました。
 まずは朝イチで小津まで行ってきて、九州サッカーリーグの最終節を見にいきました。すでにヴォルカ鹿児島の2位が確定しており朝10時の試合に行くのも正直きつかったんですが、車を飛ばして行ってきました。
 阿蘇のふもとのグラウンドであった試合は、風が非常に強くて寒かったです。しかも、僕が来るまで2−0でリードしていたのに、あっという間に同点に追いつかれてしまいました。
 「また疫病神を背負ったか」と気落ちしかけましたが、後半はヴォルカの攻撃サッカーが機能し、エースストライカー・西の2試合連続となるハットトリックを見事にデジカメで押さえ、7年連続の得点王と初のアシスト王を取材できました。
 「やっぱり出てきて良かったな」と安どし、今度は陸上競技場で九州高校新人陸上の取材。ついてすぐにこの日唯一の優勝だった男子800Mの写真と記事をものにできて超ラッキーな一日でした。
 あしたからは高校野球です。どんなチームが出てくるのか、まったく分りませんが、鹿実、鹿商とも自分たちが今もっている全力の野球を出し尽くして結果を残して欲しいと思います。



2002/10/26(Sat)
<筋肉痛>
 今、両足が筋肉痛です。
 今週は初めてSCCの練習を週3回行って、合間には野球の練習にも足を運び、かなりのハードスケジュールだったので、とうとう足の筋肉が悲鳴をあげました。
 直接の原因は、2日前に夜飲みに行ったとき、タクシー代をけちって行き帰りをスーツ姿の革靴で歩いていったため無理な歩き方をしてしまいました。向うずねの中に硬い棒が埋め込まれたみたいで非常に気持ち悪いです。
 それでもきょうはSCCの土曜練習に参加しました。
 基本動作のドリルをやったあと、1時間のLSDでした。LSDとは「ロング・スロー・ディスタンス」の略称(決して麻薬の名称ではありません、あしからず…)です。いつものようにゆっくりしたペースで長く走ることが課題です。
 スタートしてから1、2週が非常にきつかったです。自分のペースはだいたい1周3分ペースより速い感じだったんですが、ついつい速くなってしまうのを抑えるのがテーマです。自分より先に走っている人をみるとついむきになる性格を直すためにも必要なことです。スピードが上がり気味になるとコーチが「LSDですよ」とブレーキをかけます。
 一定のペースで走ることはできたんですが、考えてみると1時間走り続けたのは生まれて初めてじゃないかと思うのです。40分を過ぎたあたりから体が非常にきつくなってきました。ペースは一定だったと思うんですが、体の使い方が自分の意志通りにいかなかったようです。
 あしたから九州高校野球大会の出張。あんまり無理をしないように…。



2002/10/25(Fri)
<きょうのSCC>
 久々に休日だったので五時半から練習開始。軽くジョッグしたあと短距離のメンバーといっしょに基本動作のドリルをやる
。うで回し走りやラウンジ走などいろんな動きを数回繰り返し、体をほぐしながら体の稼動域をできるだけひろげることを目的とする。一見単純な動作の繰り返しに見えるが、一通りメニューをこなすとかなりの運動量になる。
 その後は、45分間のペース走。前回の反省点を生かすためか、女性といっしょにペア走をする。遅いけど一定のペースで長い時間を走る。時折おしゃべりするのも構わない。とにかくゆっくりでいいからペースを守ることが第一。いっしょに走りながらいろんな話を聞いた。これから特集記事を書く上でも参考になるだろう。
 最後は再び短距離メンバーといっしょになって補強運動。腹筋もただ同じ動作を繰り返すだけでなく、わき腹や下腹部の筋肉も満遍なく刺激して、バランスよく鍛えることが大事。腹が出てる分以前はだいぶこの腹筋ができなかったが、今ではかなりできるようになった。相変わらず体が重いのでメニューによってはできないのもあるが、いい傾向である。
 最後はコーチや会員の方とおっしゃべりしながらストレッチングの重要性を再認識。なかなか充実した練習時間だった。



2002/10/25(Fri)
<素晴らしき人生を歩まれんことを>
 先日、後輩のお父さんが亡くなられて、通夜にも葬式にも顔を出せなかったので、今朝自宅の方まで霊前にお悔やみにいってきました。
 高校の野球部の後輩で、そのお母さんにもいろいろとお世話になったことがあったので、ずっと気に掛かっていたことをきょう果たしました。ご霊前の前で、生前の様子や亡くなったときの様子などをお母さんから聞きました。
 大学生と高校生と中学生の3人の息子さんを抱えて、大変な時期に一家の大黒柱を失って、その悲しみは察するにあまりあると思います。それでも通夜のときには野球部の関係者らがたくさん駆けつけたそうで「本当に息子が野球をやっていたおかげで、こんなに多くの人に良くしてもらえた」と話していたのが印象的でした。
 今後、いろんな面で大変なことと思いますが、謹んで哀悼の意を表するとともに、どうぞ皆さんが今後の人生を素晴らしく歩んでいかれんことを心よりお祈り申し上げたいと思います。



2002/10/24(Thu)
<人を育てるということ>
 十月から新人記者が入ってきて、スポーツ担当も1人増えました。これからスポーツ面を充実化させていくためにも、人員の拡充は必要不可欠です。
 入社5年目を迎え、僕もいよいよ自分のことだけをやっていればいいという身分ではなくなったようです。スポーツ担当のうち2人は今年の入社。まだ1年間フルにスポーツを担当したことがなく、彼らにとってはやることなすことすべてが未知の世界ばかりです。ましてや十月入社の新人ならなおさらでしょう。
 ある野球部の監督さんが「部下が安心して失敗できる環境があることがいい職場だ」とおっしゃっていたのは至言だと思っています。今、国体の陸上に4月から入った新人記者が1人で頑張っていますが、でき上がった紙面は僕が想像したよりもはるかに素晴らしい記事を書いています。出発前にいろいろ神経質に悩んでいながら、僕も自分自身の抱えている仕事が多くてなかなかいいアドバイスもしてやれないなかで、あれだけの記事が書けるとは思っていませんでした。26日から始まる本大会は、今以上に厳しい仕事になりますが、必ずやいい記事をものにしてくれると信じています。
 僕の方では今十月から入った新人をつきっきりで指導しています。自分にとっては当たり前のことを、ひとつひとつ噛み砕いて指導していくのは本当に大変です。「こんなことも知らないのか?」とつい厳しい言葉をかけてしまいそうになります。1人前の社会人としてスタートしたわけだから、いい加減な気持ちでやられては困るし、かといって、自分と同じレベルで見てしまったら、あっという間につぶれてしまいます。その辺の加減が僕も未だに分りません。でも冒頭の「部下が安心して失敗できる環境」作りをできる上司でありたいと思います。



2002/10/23(Wed)
<きょうのSCC>
 仕事の都合で5時半の練習に間に合わず、6時過ぎからの練習スタート。この時期は暗くなるのが早いから、明りの少ない陸上競技場での練習は暗がりにつまづかないよう気を使う。
 きょうは軽くアップをしてから1周500Mのトラックを3分ペースで40分ジョッグを予定。ところが、20分過ぎにフルマラソン3時間10分台で走ったというつわものが僕を2回抜き去ったので何かが切れて、意地になって彼のペースについていった。1周3分のペースがあっという間に1周2分20秒と40秒も速めてしまった。
 ある意味、自分がどこまでついていけるか試してみたかった気持ちもあった。4周、すなわち2000Mついていった時点でストップした。かなり速いペースでフォームを維持するのが大変で終盤はだいぶ崩れてしまったが、まだまだいけそうな感じはあった。
 それにしても今の時期にそういう無茶な走りをするのは禁物である。コーチにも「速く30分走るくらいなら、遅くでもいいから45分走ったほうがいい」と何度も言われているのに、どうもこの性格が直らない。高校時代から自分の前を人が走るのを許せないという意地っ張りなところがあって、周回走では人を周回遅れにさせることにたまらない快感を感じていた男が、人に周回差をつけられるとは絶え難い屈辱である。
 でもそれはマラソンにとっては絶対やってはいけないことだ。そういう無茶をやっていては必ず42・195キロ走りきる前に体にがたがきてしまう。1500Mや5000Mのトラックを走るのとは根本的に違うのだ。以後自分を律することを心掛けねば…。練習後はコーチと会員の人とマラソンについて語った。なかなかいい雰囲気ができつつある。



2002/10/23(Wed)
<この日のため…>
 「こんな記事を書ける日があるから、僕は新聞記者になったんだなぁ」と胸を張って言えるほど、きょうの県高校新人柔道男子の決勝リーグは見ごたえがありました。

 決勝リーグは鹿児島商、鹿児島工、鹿児島実、甲陵の4チームの総当り戦です。初優勝を目指す甲陵と、連覇を目指す鹿商が最終戦で雌雄を決することになりました。
 正直、宿直明けで新人の研修も兼ねた取材で非常につかれていたこともあって、腰を下ろしていると睡魔が襲ってくるような状態でした。最終戦は甲陵が2勝1敗1分けで大将戦を迎えます。
 大将戦はお互い指導が2つつくなど、互いに決め手を欠き、このまま引き分けで終るのかなと思われた瞬間、甲陵の大将・浜上君の一本背負いがさく裂して甲陵の初優勝が決まりました。
 決まった後の甲陵メンバーと応援席は大歓喜に包まれています。男泣きしている監督に話を聞いてみると大将の浜上君は2週間前に腰を痛めて試合に出られなかったのだそうです。前の試合で代役をしていた選手が胸を強打し欠場を余儀なくされたため、満を持しての出場でした。
 攻めあぐねていたかに見えたのは、相手の攻め手を封じて自分の技をかけるタイミングを図っていたのだそうです。あの一本背負いが決まった瞬間の間合い。浦沢直樹「YAWARA」ではスポーツ記者・松田耕作が猪熊柔の技が決まる瞬間を「一瞬の輝き」と表現していましたが、まさに一瞬の輝きを放った瞬間だったと思います。
 ここ数日、精神的にもきつい日々が続いていましたが、少し癒されたような気がしました。



2002/10/22(Tue)
<新企画>
 昼食時間中に、局長とお話しました。
 新聞の新企画に関する話で、以前僕が提案していた月刊「スポーツかごしま」についてです。
 局長は非常に乗り気で、具体的な案を11月中には提出して欲しいと要望されていました。来年1月から3月まではとりあえず月刊形式で、4月からは週刊化したいとのこと。
 僕としても非常に驚いています。具体的に動き出すまで1年ぐらいはかかるかなと思っていたんですが、僕が思っている以上に早いペースで実現しそうです。その分僕にかかる負担も大きいですが、いいだっしっぺの責任。うまく軌道にのせられるように頑張ろうかと思っています。