| 2002/12/08(Sun) |
| <ぬくもりのある場所> 昨夜はSCCの忘年会。今や100人を超える大所帯となったSCCでは全員そろっての場所を見つけるのも大変ですが、市内の焼き肉屋で100人ほどが参加して盛大にありました。 思い起こせば昨年の今ごろ、代表の太田さんの結婚式がありました。僕はその頃どん底の鬱で式には参加したものの、いつになったらこの仲間たちのもとに帰れるのだろうかと悶々としていました。 それが1年経ったら、現場復帰を果たし、新しい仲間も増えてマラソンを走るという目標を持って頑張れるようになりました。人と人とのつながりは本当に大事なものだとつくづく思います。 何よりここが素晴らしいのは、陸上というひとつのスポーツを通じて、小学生から大人までがいっしょに集える場所であるということです。普通に生活をしている中では、決して知り合うことはなかったであろう人たちとの交流が、当たり前にできます。 忘年会では、小学生の子どもと、一回りも年上の人たちと酒を飲み、ゲームで遊び、きずなを深め合えるぬくもりがそこにありました。大事にしたい場所です。 |
| 2002/12/07(Sat) |
| <意地> 朝から雨の降るあいにくの天気でしたが、久々に母校のグラウンドでボールを使った練習をしました。 練習開始時は雨がやみそうもなくグラウンドもぬかるんでいたので、体力作り。僕は腹筋運動を軽くやってから、シャドウピッチングをやりました。以前、別の学校で練習したときに「フォームが小さく見える」と指摘されたので、体を大きくみせるためにはどうすればいいか、研究しながら投げ込みました。 しばらくすると雨も小降りになり、グラウンドも使えそうな状態になったので、キャッチボール、中継プレー、ノックと一通りボールを使った練習をしました。シャドウピッチングが功を奏したのか、きょうの練習ではキャッチボール、中継プレーともいつになくいいボールがいって集中した練習ができたので、なかなかいい練習ができました。 監督さんに「菜の花マラソンで、4時間切ったらあT監督がおおごってくれるんですよ」と話をしたら「お前には100%無理」と言われたのでカチーン! 他のことならともかく、走ることなら高校時代ロードレース2連覇の実績もあり、10月からは本格的にトレーニングして自信もあっただけに「これは絶対に4時間切ったるど!」と意地になりました。 というわけで、1時半まで超ハードな野球の練習をしたにもかかわらず、少し遅れてSCCの練習にも行きました。 きょうは最初の4キロを1キロ6分、次の3キロを5分半、最後の3キロを5分と徐々に速めていくビルドアップ走でした。いよいよ本格的にマラソンをにらんだトレーニングに入りました。 計算すると1キロ5分で42キロ走った場合が3時間半ですから、5分のイーブンペースで走り切ることを考えました。しかし、竹内コーチに言わせると「むしろ最後の1キロを5分で走れるようにしたほうがいい」といいます。 マラソンで一番怖いのは終盤極端にペースが落ちることです。序盤あまりにも速いペースで突っ込みすぎて、30キロ、40キロ過ぎるとガクンとペースダウンするというのは、マラソン経験者からよく聞きます。キロ6分のペースでも4時間11分ですから、最初をできるだけ抑えて最後まで力を温存できるようにするのが今後のテーマでしょう。本番までに一度は、車ででもコースを走って下見をするのも必要です。 とはいってみたものの、きょうは10キロの予定でしたが7キロでストップしました。無理すればいけないこともなかったのですが、朝からの練習を考えるとあまり無茶なこともできないので自重しました。 |
| 2002/12/06(Fri) |
| <きょうのSCC> 昨日、一昨日と3時、2時まで飲み会という強行スケジュール。加えて明日はSCCの忘年会で、明後日は会社の忘年会と年の瀬から新年にかけては何かと誘惑(?)及び、必然の飲み会が多くなる季節である。でありながら、1月12日の菜の花マラソン目指して最後の追い込みをしなければならないという、我が精神力を試される時期である。 きょうは駐車場から練習場に行くまでに会員のSさんと話ながら歩いた。ためしにSさんにこの講座に参加して変わったことを聞いてみると好ましい変化があったそうである。 もともとダイエットをするつもりで、他のメンバーよりも少し遅れて入会した。最初は歩くのもやっとだったが、今では1時間程度なら自分のペースで走れるようになった。何より、体が健康になって、今までは朝ごはんはコーヒーしか飲めなかったのに、きちんとごはんが食べられるようになったという。 講座が始まって2カ月あまり。今まで自分のことに気を取られていたが、まわりの仲間も少しずつレベルアップしている。何より前回も書いたが、いっしょに練習をしているという仲間意識が芽生えてきた。できればマラソンが終った後もSCCを続けて欲しいと思っている。 きょうの練習はドリルのあと45分間の変化走。10分ジョッグの3分走、6分ジョッグの1分走の2セットに最後は4分ジョッグの1分走で45分間走り切る。ジョッグは1キロ6分のペースでゆっくり入り、3、1分走ではキロ4分のハイペースで走ってみた。途中コーチの竹内君とも走ったが、今までで一番速く、きついペースだったが、気分よく走れた。 これから何かと飲んだり食べたりの多い季節になるが、目標達成の支障になることだけはないように心掛けたい。 |
| 2002/12/06(Fri) |
| <遊ぶために仕事をする> きのうの日記が更新されていないのは、種子島に遊びに行ったからです。それにしても、このテーマ以前にも書いた気がするが… 一昨日の夜から実にハードなスケジュールでした。 夕方、野球&マラソンの練習で追い込んだあとに、中学時代の同級生4人と夜中の3時まで飲んでいました。うち1人とは高校3年のときに会って以来だから10年ぶりの再会でした。中学3年の同級生ですが、僕が授業中原因不明の鼻血で教室を爆笑の渦に誘った話や、野球部の同級生がさんざん先生から打たれまくった話、昔のあだ名について、などなど、我々以外には絶対に分らないバカ話で盛り上がっていました。 その翌日は、朝6時半に起きて7時半のトッピーで種子島へ。熊毛地区高野連の忘年会があるということで、南種子の温泉つきホテルで、温泉、大宴会、カラオケで2時ごろまで遊んで、けさ7時40分の種子島発のトッピーで帰ってくるという、何ともまぁ強行軍でした。 最近はこういうバカさわぎが大好きです! でも、先月末に給料が出たばかりだというのに、もう財布の中身は大ピンチです。今週末も土・日と忘年会が入っています。体は問題ないでしょうが、財布が持つのか心配しています。 この2日間で思ったことは、こういう遊びのために僕はいい仕事をしたいということでした。 中学の同級生との飲み会にしても、種子島の忘年会も、本当にただのバカさわぎで何の生産性もない活動です。でも、心からくつろげて日ごろ何かとイライラのたまる日常を忘れさせ、明日への活力(というよりも、次の休みを楽しみにするだけだけど…)を与えてくれます。 しかし、そういう楽しみを満喫するためにも財布を充実させなければいけません。そうすると、我が社の現在の給料では、常に財布の中身を心配しながら、遊ぶことになりますから、楽しみが半減します。そんなに大もうけしなくてもいいから、せめて酒を飲むくらい心行くまで飲みたいものです。 とすると、収入を増やすために何をするか真剣に考えないといけません。今は本当に苦しいけど、僕が今頭の中にあるプランを実現させれば、少しはましな暮らしができるのではないかと希望を持っています。そのために今遊んで、お金を使うのも将来に向けての投資と考えるようにしています。そんな話をある監督としたら「悔いのないお金の使い方をせんといかんね」と言われたのは至言でした。 「遊ぶために真剣に仕事をする」。こんな簡単な真理に気づくのに2年かかってしまいました。 |
| 2002/12/04(Wed) |
| <きょうのSCC> 練習の始まる前に、母校で約1時間トレーニングしてから競技場へ向かった。 徳洲会陸上部が遅くまで練習するようになった関係で、競技場にも照明が入り、練習がしやすくなった。メニュー的にきょうは75分間のLSD。それでも僕はそれまでかなり追い込んでいたので60分間のジョッグだった。 さすがに野球の練習でダッシュ系の練習でかなり追い込んでいたこともあって、ペースがつかみきれなかった。 会員の女性から「やせたんじゃないですか?」といわれてちといい気分。始まって2カ月がたち、会員の仲間意識も強まってきている。女性のYさんから「菜の花が終ったら、この講座はどうなるの?」と聞かれた。基本的に今回の講座は菜の花マラソンを目指しての講座だから、菜の花が終れば解散である。でも、ここでもっとトレーニングを続けたければ、竹内君は長距離コーチとしてSCCに関わっているわけだし、今までと同じように通ってくることは可能だ。 次の菜の花を目指す練習でもいいし、もっとレベルアップしたいでもいいし、単純にこの仲間といっしょに頑張りたいでもいい。それは皆さんの自由意志だと答えた。まだみんなの菜の花のことは聞いていないが、終ってもここで続けたい人は多そうである。素晴らしいことだ。 |
| 2002/12/04(Wed) |
| <二宮清純と山際淳二> きのう買った二宮清純著「最強のプロ野球論」を読んでいます。いつもながら二宮さんの文章は切れ味するどくて、見習いたいと思うことが多いです。 この本の最初に「スポーツとはドラマではない。スポーツの真実はミリ単位の技術の中に宿り、そこにこそ人間の英知は秘められている」という一節がありますが、この文章にこそ二宮さんが他のスポーツライターと一線を画する姿勢が見て取れます。 ちょうどこの文章の序章はかつてストッパーという仕事を確立した江夏豊について書かれていました。江夏といって思い出すのは「江夏の21球」という故山際淳二さんの文章です。僕も高校時代にこの文章を読んだことが、スポーツを書くことに興味を持った最初のきっかけだったような記憶があります。 この「江夏の21球」と今回の序章を比較すると、二宮さんと山際さんの違いがはっきり浮かんできます。 僕が「江夏の…」で感じたのは、江夏豊という人間があの1979年の日本シリーズの試合の中で、揺れ動いた内面のドラマでした。古葉監督がリリーフの投手を準備させたことで動揺した江夏。それが衣笠の「オレも同じ気持ちだ」のひとことで立ち直ったという部分は、まさに僕がそれまでスポーツを描くということの本質だと感じ入っていた部分でした。 対する二宮さんの文章には、江夏の内面の動揺や衣笠のエピソードは出てきません。江夏という投手のフォーム、球種、配球といった「野球」の部分に鋭くメスを入れ、あたかも冷静な外科医のように投手・江夏を解き明かし、あの21球が必然のたまものであったことを表現しています。 まさに「ミリ単位の技術」の中に宿る「真実」です。 僕もそうですが、一般のスポーツ記者も「内面のドラマ」を表現する人間は多いけど、「ミリ単位の技術」を一般読者にこれほど分りやすく表現できるライターを他に知りません。 「スポーツを書くという作業の本質は、断定と検証の連続そのものであり、その過程で不純物を濾過していない限り、追い求めていた真実の像は浮かび上がってこない」。 究極のスポーツライティングの思想がここにあります。 |
| 2002/12/03(Tue) |
| <買い物> いつのまにか、このHPのカウンターも3万件をこえました。約1年10カ月での3万件、果たして多いのか少ないのか。いずれにしてもご愛読頂いている皆さんに感謝し、さらに多くの方に読んでもらえるように精進していきたいです。 12月に入って「スポーツの秋」も一段落し、きょうは珍しく(?)夕方6時の定刻に退社しました。 そのまま帰るのももったいなかったので、与次郎浜の本屋にぶらっと買い物に出かけました。クリスマス仕様の絵本コーナーなど眺めているだけでも季節感があって楽しいものです。1階の本屋で二宮清純さんの本を見つけて購入。代金を支払ってから、週間金曜日の別冊「買ってはいけない2」を見かけました。 僕があてもなく買い物をするとき、まれに品物の方から「買ってくれー」という訴えが聞こえてくることがあります。「買ってはいけない」が「買ってくれ」というのも変な話ですが、倹約中の身。どうにかなだめすかし、2階のCDショップへ向かいました。 最初に竹内まりやの「ノスタルジア」が入ったアルバムがささやきます。でも1年近く前のCDなら中古屋で買ったほうがお得と考えて自重。すると長渕剛の2枚組ベストアルバムが呼びとめます。反対側の棚に足を運ぶと、嘉門達夫の「シングルコレクション」が誘惑します。 車の中で替え歌メドレーを聞いて笑いを取り入れるのも悪くないと思いつつも、やはり少し前のCDなら中古屋でと、思い切って、最後はあっりキロロのベストアルバムの甘える声にとうとう我慢できませんでした。 これから年末で、何かと飲みに出る機会も多いです。なるべく出費は避けたいのは山々ですが、まぁそういう買い物も悪くないかなと帰りの車の中で買ったばかりのアルバムを聞きながら、自分に言い聞かせていました。 |
| 2002/12/02(Mon) |
| <スポーツ記者を志す皆さんへ> 久しぶりに掲載記事をアップしました。別に仕事をしてなかったわけでなく、デスク業務や企画案を立てたりと記事を書く以外の仕事が多かったからです。念のため… このホームページを立ち上げてから来年の3月で丸2年になります。この約1年10カ月の間で、このページを通していろんな出会いがあり、仕事の別にこういうものを作っていろんな意味で良かったと思っています。 掲示板やメールで、中・高・大学生から「将来はスポーツ記者になりたいんですが、どうすればいいのですか?」という質問を一番多く受けています。 決して大々的に宣伝しているページではないにも関わらず、どこからかこのページを探し当ててアクセスしてくれる熱意に頭が下がります。だから僕はメールでも掲示板でも必ず返事をするように心掛けています。 僕はこの問いかけをされる方に一貫して言い続けていたのは「感性を磨いて欲しい」ということです。 よく「どういう大学に進んだらいいですか?」とか「どんな勉強をすればいいですか?」とか「スポーツの経験が必要ですか?」という「ハウ・ツー」を聞かれる方が多いです。でも僕は正直、自分がこの仕事をしているのはたまたまこの会社に入ってまかされた仕事がこの仕事であり、その中で様々な紆余曲折を経て今の自分にたどりついているので、どういう方法が的確なのか分りません。もっとも、スポーツ記者になるための虎の巻など存在しないのです。 僕が「感性」にこだわるのは、いろんなことに感じることができるセンスがなければ、とても続かない仕事だと思うからです。 よく「時間が不規則で休みがなくて大変でしょう」といわれますが、実際その通りです。高校野球、インターハイと続く夏場の時期などは休みもなく何十日も、朝から晩まで酷暑の中で肉体労働を強いられます(だから僕は、昨年、一昨年とわけのわからない鬱に悩まされた…)。給料はここだけの話、びっくりするほど○○○の涙です。 それでも何でこんな仕事を続けていられるかというと、やはりこの仕事でなければ得られない「たからもの」があるからです。 優勝が決まる瞬間、番狂わせが起きた瞬間…鹿児島のスポーツにおける決定的な瞬間にこれまで何度も立合い、数え切れない感動を体験しました。この仕事でなければ絶対に知り合えなかった方々との数々の出会いがありました。夢を持ち、絶望のふちからはい上がってきた経験談を聞きながら、何度も自分の生きる道を教わりました。そんな「たからもの」を追い求めて今も仕事を続けています。 人の一生懸命さやひたむきさに、感じることのできない人間にはこの仕事は務まらないでしょう。だからこそ、中学、高校、大学と多感な時期に、いろんな経験を積んで、感性を磨いて欲しいと思うのです。世の中は時に理不尽な苦しみを与えるものです。十代のときに苦しいことに挑戦する楽しみを味わった人間は、たとえ希望の道でなくても、素晴らしい人生を歩んでいけると思います。 スポーツ記者を志す皆さんには、記者になるための単純なハウ・ツーでなく、今自分のやっていること、やりたいことに、真剣に全力投球でぶつかって、悩んで、苦しんで、はい上がってくることを希望します。頑張って下さい。 |