2002/12/22(Sun)
<断定と検証の連続>
 「スポーツを書くという作業の本質は断定と検証の連続である」というのはスポーツジャーナリスト・二宮清純さんが「最強のプロ野球論」の中で述べた言葉です。今、僕が仕事をする上で、一番心がけていることでもあります。

 僕なりにこの言葉を解きほぐしていくと、スポーツライティングの基本は、まずその試合で何があったのかを再現することです。きょうの駅伝はどんなレースだったのか、見ていなかった人が読んでも分かるように書くのが第一段階です。そのために、その場で何があったかを克明に「断定」していく作業が必要になります。駅伝であれば、順位の変動からレース展開を記録や本人・監督のコメントで再現することです。
 そして、その事実がどういう意味を持つのか「検証」する。神村学園の2位躍進の原動力は何か? なぜ鹿実は19位と振るわなかったのか? そういった意味付けを、取材の中で解き明かしていくのが我々の究極の仕事と言えるでしょう。

 もっとも単行本や雑誌に書くことと、1本最高でも60行程度しか書けない新聞の記事では、全く同じにすることは出来ませんが、本質はいっしょだと思っています。
 きょうの駅伝はそういう記事にしたかったんですが、女子があって、男子があって、写真も撮ってと1人で何役もこなし慌しい中ではなかなか納得のいく原稿とはいかないようです。



2002/12/21(Sat)
<慌しい一日>
 きょうから高校駅伝の取材で京都にいます。野球の甲子園、サッカーの国立競技場、ラグビーの花園と同じく、駅伝ではこの都大路が「聖地」です。人が一途に目指す場所の醸し出す雰囲気とはなかなかいいものがあります。

 今朝は本当に慌しかったです。
 昨夜、東京の従兄弟が遊びに来たので、夜中の1時までカラオケ。飛行機が朝8時半だったので、今朝は5時すぎに起きて準備して、7時半に空港へ向けて車を走らせました。出発間際に時間がかかったせいで、時間を気にしながらの高速運転。しかも、ガソリン切れのランプが何回も点滅するという、実に精神衛生上よくない運転をしながら空港へついたのが8時20分。もはや搭乗手続きも始まっていて、冷や冷やしながらのフライトでした。
 ところが、一難さってまた一難。きょうは朝から天候が悪く、大阪まで約1時間のフライトは終始揺れまくりでした。学生時代から何度も鹿児島―大阪のフライトは経験しているはずなのにこんなに揺れて恐怖感を感じたのは初めてでした。降りるとぐったり疲れています。
 重い荷物をかつぎ、モノレールや電車にギリギリで飛び乗ってようやく目的地の京都へ。仕事も無事一段落つき、今、日記を書いています。きょうは疲れたのでぐっすり眠れそうです。



2002/12/20(Fri)
<きょうのSCC>
 12月に入って気がつけば練習皆勤賞です。そら、ひざも痛くなるはずだわ!

 練習場に行くまで、会社から国道225線を通っていくのですが、夕方5時すぎなのに車がいっぱいで動きません。やはり年の瀬。何か皆さん忙しくと人の移動も多いのでしょう。6時の練習開始時刻にいたのは僕が一人でした。
 ひざの違和感が抜けませんでしたが、きょうは思いきって全力で走ってみました。メニューは60分のジョッグです。コーチからはゆっくりでいいと言われていましたが、ゆっくり走ると返って足に負担がかかるような気がして、できるだけ飛ばしていくことにしました。手にはフォーム矯正用の道具を装着。目標である1キロ5分で最初から行こうとしましたが、きょうは風が強く、特にバックスタンド側では強烈な向かい風が吹いてまともに走るのも困難な状況だったので、タイムは1キロ5分10秒が精いっぱいでした。
 走り出すとひざの違和感はなくなります。コーチにいわれたように足ではなくお尻を閉めるような感じで、下に落ちそうになるからだの重みを上に逃がし、足から先を突き出すような感じで走ると楽に走れる感じがします。30分ごろからは意識が遠のくような感じになって、疲れとか恐怖感とか一遍に吹き飛んだような不思議な感覚にとらわれました。いわゆる「ランナーズハイ」の状態です。長いこと走っていますがこんな感じになったのは初めての経験でした。
 練習のあとで用事があったので、10キロ走った時点でやめました。ひざの調子は特に問題なさそうです。無論アフターケアは万全にしないといけませんが…。あすから高校駅伝の取材で京都に行きます。皆勤賞もきょうまででした。



2002/12/19(Thu)
<愛車再び…>
 あまりに悔しくて、日記に書かなかったのですが、先週の土曜日、大事に乗っていた愛車を電柱にこすってしまい、修理に出していました。
 丁度、20キロのロードを走った帰りのことです。買い物をして裏道を通って会社に寄ろうとしたら、細い筋道に大きなトラックが停車していて、その車にあたらないように右前方だけ注意して左折しようとしていたら、バキっと左後方を中途半端に立っていた電柱でこすってしまいました。こすりどころが悪くて、修理代がかなりかかると聞いてブルーになっていましたが、みっともない姿をさらすと余計に気持ちが落ち込むので、翌日即行修理へ。その車がきょう返ってきました。
 あの醜い凹みが消え、汚れていた車内もきれいに手入れされて、新品の車のようなし上がりに思わずほお擦りしたくなりました。年末年始、何かと慌しく運転もついイライラしてしまいますが、事故を起こしては元も子もありません。今回は大きな事故でなかっただけにいい薬になりました。5万8千円の授業料はちと高い気がしましたが…(涙、涙)。



2002/12/18(Wed)
<生まれた日>
 1974年のきょう、午前6時45分に僕はこの世に生まれました。

 去年、携帯を買い替えた時、スケジュール表に1年後のきょう6時45分に「純一郎の生まれた日」と入れておきました。去年の日記を読み返せば分かりますが、26歳から27歳に変わった日は自分の全てに自信を失い、先に何の光も見出せないときをさ迷っていました。来年の今ごろ、元気になっていることを漠然と夢見て、きょうの6時45分にメモを残しておきました。
 きょうのこの日を平穏無事に迎えられたことを心からうれしく思います。一日曇りの空で、夕方SCCの練習中には雨に見舞われるあいにくの天気でしたが、いつもと変わりなく、楽しく過ごせて良かったです。

 練習ではひざの違和感が抜けなかったので、きょうは軽いウオ―キングで済ませました。菜の花マラソンまでもう少し。今から気をつけたいのは、取り返しのつかないケガをしないことです。

 まぁ何はともあれ28歳の誕生日を無事に迎えられて良かったです。今から家族とお祝いのケーキを食べます。



2002/12/17(Tue)
<健康の森>
 珍しく「スポーツ記者になりたいんですが…」という質問以外の女子高生の書き込みがありました。確かに最近、生取材をした署名記事を書いていませんけど、仕事はきちんとしてますよ! 念のため。明日は見開きで大々的にやりますよ。乞うご期待!!

 高校駅伝の鹿児島実の取材で、健康の森公園に行きました。
 健康の森には僕もたまに泳ぎにいきますが、ここには1周700メートルのジョギングコースもあるのです。ためしに1周走ってみましたが、アップダウンの起伏も激しく、ロードレースの練習にはうってつけです。周りは芝の広場ですから、ウオーミングアップや体操をするのにも便利です。鹿実の監督さんも「ここで走らせれば、そいつが本物かどうか分かる」と気に入っているそうです。練習が終わったあとも、プールや温泉があるからアフターケアもできます。

 菜の花マラソンまでに、今までトラックを中心に平坦な道を走るトレーニングを積んできましたが、起伏のあるコースで練習していません。いろんな人が、「菜の花」のコースは高低差が激しいと指摘します。
 ということで明日は健康の森で自主トレーニングしようかと思っています。

 あっそういえば、あしたは僕の○○○だった!!(プロフィール参照)



2002/12/16(Mon)
<テープ起こし>
 昨夜からきょうの昼まで、精神的地獄を見ました。
 きのうのスポーツシンポジウムを、僕は前々から日本のスポーツのあり方に一石を投じる重要なニュースであると考えていたので、通常の記事ではなく、紙面見開きを使って特集したいと上申していました。
 局長も理解をして下さり、見開きすんなりOKだったのですが、いいだしっぺの僕はものすごい重圧を感じました。なにせ締め切りはきょうの昼3時まで。掲載は明後日なのですが、通常の紙面体制とは違う特別体制なので、原稿を早くあげるよう求められていました。
 実際、シンポジウムは予想通り素晴らしい内容だったのですが、4人のパネリストの講演をテープ起こしするだけでも膨大な量になります。テープ起こしなんて、ただしゃべっていることを文章にするだけと考えられる人もいるかもしれませんが、そうではないのです。
 ただしゃべっている言葉を列挙するだけでは、文章として意味が通りません。何度も何度も繰り返し聞いて前後の文脈をあわせ、意味の通る文章にするのは想像以上に難しい作業です。もっとも僕は大学3年の時に浅野ゼミで徹底して鍛えられたので、コツは分っているのですが、今回のテープ起こしの量は半端じゃありません。
 昨夜のうちにすませるつもりでしたが、疲れがどっとでて一行も書けないまま寝入ってしまい、今朝5時に早起きして昼過ぎまでかかって仕上げました。最後に100行程度の総括を書き終えて、ようやくシャバに出たような解放感を味わいました。その労苦に報いるだけの紙面ができればいいのですが…