| 2003/01/19(Sun) |
| <完ぺき、高校野球モード> きのうの一日で完全に頭が「高校野球」に浸ってしまいました。 きのうの高校野球シンポジウムは僕にとって、良くも悪くもものすごい経験でした。外部から人をお招きし、しかも会社に費用を負担してもらっているわけですから、いやがうえにもしっかりしたものを作らなければなりません。前日からそういうプレッシャーをずっと感じていました。 一応のテーマは設定し、各パネリストとの連絡もとって、「遥かなる甲子園」を再読し、事前準備は滞りなくしたつもりでしたが、肝心のシンポジウムをどういうかたちでまとめるのか、具体的にイメージができないままで本番を迎えてしまいました。 午前中は会場となる鹿児島城西でいっしょに練習しました。頭の中を高校野球モードに切り替えるにはこれに限ります。一通り汗をかくと何とかなりそうな気がして落ちつきました。昼過ぎに伊集院駅で県外からくるゲストをお迎えして、午後1時からはじめました。 結論からいえば、シンポジウム自体はそれぞれのパネリストにとって何らかの実りあるものだったと思います。ただ企画者として反省すべき点は、それぞれのテーマがあまりにも内容が濃すぎて強引にまとめてしまったことです。 例えば「チームを強くするためには?」というテーマで4人の人間が話をすれば、それだけで一晩でも二晩でも話ができそうなぐらい、特に現場で監督として頑張っている人ならトピックスがあるのです。それを三つのテーマについてまとめなければいけないわけですから、消化不良は否めません。 5時過ぎぐらいまで強引に終らせて、あとは外で練習している鹿城西の生徒と交流を持たせたのですが、これは大分からきた監督さんにとってはカルチャーショックといえるほど、大きな衝撃を受けたそうです。 夕方は6時半過ぎから、僕のいきつけの鶏料理屋で「のんかた」。夜中の2時過ぎまでこってりと高校野球について語りました。その余勢をかってきょうは我が母校で練習です。久々に打撃投手をしましたが、きのうの話をもとに僕なりに工夫を持って投げることができたので、制球もまずまずの非常にいい練習ができました。何よりうれしかったのは四番打者の生徒が「つかささん、球威が増しましたね」と言ってくれたことです。 この2カ月ほど、まともに投げたことはありませんでしたが、菜の花マラソンの練習で下半身を中心に体幹が鍛えられたおかげで、フォームが安定したことと、投げる中で体のバランスとひじのトップという2点を徹底して意識して投げたことの2点が球威の増した要因だと考えています。 話が脱線しましたが、要するにこのシンポジウムは中身が濃すぎて、記事としてどうまとめるか、力量が問われるということです。幸い、局長のアドバイスで何とかいいものができそうなメドが立ったので、興味のある方は乞うご期待!というところでしょうか。 |
| 2003/01/18(Sat) |
| <きのうのSCC> きのうは菜の花マラソンが終ってから2回目のSCCの練習でした。 足の筋肉痛は完治とまではいきませんが、普通に運動できる程度にまでは回復しています。きょうは基礎ドリルを久々にやってから、45分のペース走、最後に補強運動と早くも元通りのメニューです。 ペース走は「気持ちよく走れる程度の速さで」というのが竹内コーチの指示でした。僕は1キロ5分で頑張ってみました。やはり、足の状態が完全ではないのでしょう。25分ぐらいまでは5分ペースを維持できましたが、終盤になると足が上がらなくなってペースが5分10―20秒ペースに落ちました。そばで国体選手が練習していましたが、いっしょに周回を回っている間に4回ぐらい抜かれてしまいました。やっぱりトップレベルはすごいです! 結局、45分50秒ぐらいで9キロ走りました。平均すると5分5秒ペースでいったわけですから、まずまずというところでしょうか。今後は特に何の大会に出るという目標はないのですが、自分がどこまで伸びるのか、この1年挑戦してみたいです。最終的には来年の菜の花マラソンで4時間を切ることが目標ですけど。さぁ、きょうは頭を高校野球モードに切り替えて、大仕事です。 |
| 2003/01/17(Fri) |
| <再読> きのうの日記で「高校野球シンポジウム」について書いたら、このページの読者の方から「一般の人でも視聴できないのか」という問い合わせがありました。 やっぱり高校野球をテーマに企画をすると、興味を持っている人がたくさんいるんだなぁと実感しました。特に秘密にするものでもないので、どうしても視聴したいという方がいらっしゃれば、明日午後一時から鹿児島城西高グラウンドの監督室でやってますので、足を運んでくださればと思います。ただし何分狭い場所ですから大勢こられると対処できないのですが…。 昨夜から今回のゲストとしてお招きする井上光成氏著の「遥かなる甲子園」を再読しました。数カ月前に読んだ本なので、明日のためにもいろいろ内容を確認しました。 改めて読んでみてこの本はすごい本だと思います。普通、スポーツノンフィクションで取り上げるスポーツ選手といえば、一流選手と相場が決まっています。でもこの本で取り上げられたのは「日本で一番勝っていない高校球児」です。そのチームを1勝させるための血のにじむような取り組みであり、そしてそれを文章にして一冊の単行本にまとめるというのは並大抵のことではありません。 今朝著者の井上さんともお話しました。「勝って残るより負けてしまうチームの方が多い」と言います。そう、全国に四千校以上の高校野球部があって夏の全国優勝校以外の学校はすべて敗者なのですから、「負けるチーム」が「勝つチーム」になるためのヒントはこういう「負けの遺伝子」を背負ったチームの中から逆説的に生れるものなのかもしれません。そのために今回のシンポジウムはとても有意義ではないかと思うのです。明日が楽しみです。 |
| 2003/01/16(Thu) |
| <モード切り替え> きょうの新聞で3カ月続いた「42・195キロを走ろう―菜の花マラソン挑戦講座日記」も終了しましたが、いつまでも菜の花マラソンの余韻に浸っているわけにもいきません。今週の土曜日には、僕が初めて企画した「高校野球シンポジウム」という大仕事が待っています。 この企画は以前、日本で一番勝てていない高校のドキュメントをつづった「遥かなる甲子園」の著者とHPを通じて知り合い、その著者の井上さんという方と、その学校の監督を務めた大塚監督をゲストに、さらに鹿児島から鹿児島城西、笠沙の監督を招いて「チーム強化のノウハウ」というタイトルで討論しようというものです。 狙いとしては甲子園を狙う私立の強豪校、1勝をするのが難しい地方校、スポーツライターというそれぞれの立場から、チームを強くするためにはどうすればいいか、また未来の高校野球の姿などについて意見を出し合うというものです。非常に面白そうな企画だと我ながら思うのですが、実りある物にするためにはコーディネーターである僕がしっかり事前準備をしなければいけません。きょうはそれぞれのパネリストに電話やメールを送って、最終確認をしました。 そろそろ頭の中を「マラソン」から「高校野球」に切り替えないといけません。 |
| 2003/01/15(Wed) |
| <菜の花マラソンの番組> 今週の土曜日に、KKB鹿児島放送で今回の菜の花マラソンをダイジェストでまとめた番組が放送されるそうです。 レース前日に前回放送された番組を見ましたが、非常に素晴らしい番組だったと思います。どっかの放送局が学校の宣伝のためにしつこくあの手この手で作っている駅伝番組とは、比較にならないほど「一般市民のスポーツ」が描かれていて好感が持てました。 大会の参加者を数人、大会前から取り上げてドキュメントを作っています。定年前の小学校校長、毎年菜の花マラソンがはじまらないと年が明けた気がしないという主婦、全盲で伴走者と初マラソンに挑戦した女性…このほかにも大会に参加したさまざまの市民ランナーにインタビューして、それぞれの42・195キロが丹念に描かれていました。菜の花マラソンの雰囲気を知るには絶好の内容だったので、重宝しました。 今回は我々SCCのことも取り上げられるそうです。さすがに僕へのインタビューはありませんでしたが、ベテランの武田さんにはずっと中継車がついて回ったそうです。どんな内容にまとまっているのか、土曜日が楽しみです。 |
| 2003/01/14(Tue) |
| <本当の「完走」> きのうから両足筋肉痛で苦しんでいますが、初マラソンの余韻さめやらぬうちに、「菜の花マラソン挑戦講座日記」の完結編上下2本を一気に書き上げています。これを書かなければ本当の意味での「完走」になりません。 10月から各週火曜日、月2回のペースの日記形式で、人生初の42・195キロに挑む日々をつづってきました。3カ月に渡る長期連載を書いたのも初めての経験です。マラソンほどではないにしても、精神的にきつい3カ月間でした。 自分が競技者であり、なおかつ取材者でもあるという立場。自らの心に問いかけて取材するという得意な体験をしました。淡々と思いをつづって、気づいたら記事も書き終えていました。爆発的な感動ということもなく、自分でも不思議なぐらい冷静に書き終えました。 本当に今回の全9回の連載が当初の目的のように、ごく普通のサラリーマンがスポーツをする楽しさを伝えるものになったのか、正直自信がありません。独り善がりにな文章になっているのではないかと反省しきりです。まぁこれが僕の今の力なのでしょう。マラソンも同じですが、やり残したという思いは次へのステップだと思います。いろいろありましたが、マラソンも記事も今の自分の精いっぱいは出しきれたのではないかと思っています。 |
| 2003/01/13(Mon) |
| <人生初マラソンを振り返って> 一昨日に指宿入りしてから、ゴールするまでの全ての出来事がまるで夢のようです。いろんなことが走馬灯のように思い出されます。 土曜日は直前ということで、妙な緊張感があって億劫でした。 それでも自らを奮い立たせて、車を指宿に走らせました。午後2時半から主催者が用意した下見バスでコースを下見しました。 初めてコースを回ってみましたが、うわさで聞いた以上にアップダウンのきついコースだと思いました。とりあえず前半10キロまでのアップダウンと、終盤35キロ過ぎの登りが大きな山場になるだろうとレースプランを頭に描きました。 目標の4時間を切るために、1キロ5分のペースで逆算しながら10キロごとのタイムを設定しました。10キロで50分、20キロで1時間40分、30キロで2時間30分、40キロで3時間半という計算です。でも序盤の10キロはきつい登りが続くから後半のためにも、前半を無理せず、1時間以内で最初の10キロを走れればいいかなとも思っていました。 その日は山川のペンションにメンバー10人で宿泊。カツオのたたきやお酒の差し入れがあったり、昨年の大会をまとめたKKBの放送のビデオを見たりしながら楽しい時間を過ごしました。仲間がいることって本当に素晴らしいです。 当日は雲ひとつない晴天で、絶好のマラソン日よりでした。例年、天気が悪い菜の花マラソンですが、今回は素晴らしい好天に恵まれました。 スタートは午前9時。1万人を超える参加者があるためなるたけ前にスタート位置を取りましたが、まともにスタートするまで2分近くかかってしまいました。序盤の5キロは目の前にたくさんの人がいて、なかなか自分のペースが作れませんでした。あちこち蛇行しながら走りやすいコースを探していました。 5キロ過ぎからようやく自分のペースで走れるようになりましたが、序盤の5キロで31分近くかかってしまいました。まぁ仕方がないと思いながら、レースを立てなおしました。予想通り、5キロから10キロまで、指宿スカイラインの入り口までの区間はジェットコースターのような登り下りが続いてきつかったです。途中の給水ポイントで氷砂糖を手にしました。これは走っているエネルギー補給には最適だと思いました。 10キロは57分ぐらいで通過しました。設定タイムより遅いですが、序盤の出遅れを考えれば上出来といえるでしょう。指宿スカイラインを過ぎた当たりから、今度は池田湖に向かって長い下り坂です。遅れを取り戻すべく一気にスピードを上げました。 池田湖周辺のフラットコースでは、知り合いの野球部の監督さんが応援に来てくださいました。途中本社のカメラマンがいたので写真を撮ってもらいました。菜の花と湖の美しさが疲れを癒してくれました。 走りに変化が現れたのは、池田湖から開聞岳方面に向かう上り坂からでした。さすがに歩くことはありませんでしたが前半の疲れがボディーブロウのように体を襲ってきました。それでもそこからは鶴丸野球部の父母の方々をはじめ、沿道の応援に助けられました。 中間点の手前ぐらいで初めて歩きました。止まってしまえばもう二度と体が動かなくなるような気がしたので止まることはしませんでしたが、どうにも体がきつくて仕方ありません。やはり年末年始で風邪を引いて2週間近く練習ができなかった分スタミナがなかったのでしょう。それからはある程度走ってから歩くの繰り返しでした。歩いていて後ろから抜かれるたびに悔しさを奮い立たせて走りなおしましたが、どうにもきつくて歩くの連続でした。 苦しくなってもうだめだと何回も思うところに、知り合いの応援があって助けられました。本当にうれしかったです。後半は給水ポイントを目安にして小休止を取りました。中間点のタイムは1時間57分。正直4時間切るという目標は半分あきらめていましたが、まだ一縷の望みは捨てませんでした。 それでも後半は上り坂がどうにもきつくてペースをあげるどころではありませんでした。30キロは2時間57分。残りをキロ5分のペースでいけば何とかなるかもしれなかったのですが、残り10キロを切っていよいよ体がきつくなってきました。歩いたり走ったりの繰り返しが多くなります。 山川港を過ぎた最後の上り坂をどうにか走りきって、最後の5キロです。できたら一度も歩かずに走りきろうかと思いましたが、もうスタミナが残っていません。最早4時間を切ることもできなくなってとにかく完走することが目標でした。 指宿の温泉街を過ぎた40キロ手前ぐらいでしょうか。会員の武田さんに追いつかれました。武田さんは失礼ながら還暦を迎えた大先輩です。抜かれてしまうのかともうあきらめましたが、武田さんが「頑張らんね」とはっぱをかけてくださいました。いくらなんでも還暦のベテランに負けるわけにはいかない。最後のアドレナリンを爆発させて、そこからは一度も止まることなくゴールしました。 記録は4時間22分12秒。悔しさはもちろんありましたが、42・195キロ自分の足で走りきれたことが満足でした。メンバー全員完走することができたのも感動でした。 今回の反省点を挙げるとすれば、直前で体調を崩したこととアップダウンの練習をしなかったことです。これは来年への課題としましょう。自分の限界への挑戦と当時に人間の温かさに触れた42・195キロでした。 |