2003/02/23(Sun)
<ちょこっと?スクープ>
 きのう国分に行って、カメラとカバンを忘れるというオオボケをかました僕。ほっとくわけにもいかなかったので、きょう再び国分に車を走らせました。
 特に大きな仕事もなかったし、国分でキャンプをしている京都サンガに帯同して京都新聞にいる大学の同級生も来ているそうなので、いっしょに昼飯でも食べるつもりで国分まで行ってきました。京都には鹿実出身の松井、田原、福寿といった選手もいるので、U―22の代表候補に選ばれている松井選手のインタビューでも取れればいい仕事になるかなとも思っていました。
 考えてみるとJリーグのキャンプをじっくり見学するのは初めてです。サンガの広報の人も同志社の出身だそうで、とてもソフトな感じで親切にしてくれました。普通、プロのキャンプはサッカーにしても野球にしてもピリピリした雰囲気があって、日ごろそういったチームに接していない我々としては、なかなか入っていけない雰囲気があるのですが、ここはのどかな感じでファンのサインにも気軽に応じていて敷居の高さを感じさせない親しみやすさがありました。
 松井選手は高校時代に少しだけ取材したことのある僕のことを覚えていてくれて、助かりました。もっともインタビューは僕の方が構えてしまって、いい話を聞き出せず、ありきたりな内容になってしまいました。まだまだ修行が足りません…。
 練習試合では、この日記でも度々取り上げた鹿城西の中山君が練習生としてサンガのユニホームを着ていました。プロの選手に混じっても物怖じせず、ゴールまで決めました。サンガの取材に来ていたスポーツ紙の人からも絶賛されていて、僕は我がことのように中山君のよさをアピールしました。鹿児島のメディアは取材に来ていなかったので、ちょっとしたスクープっぽくてちょっと得意です。
 惜しむらくは中山君と田原君が素晴らしいゴールを決めたシーンで、シャッターを切っていなかった己のいたらなさが悔やんでも悔やみきれないのですが…



2003/02/22(Sat)
<補足取材>
 朝はバスケットボール、昼からはサッカー、「スポーツ維新の時代」に向けて補足取材に飛び回っていました。
 双方ともパイオニアとなる人に取材して大まかなあらすじはつかめたのですが、それをより完ぺきにするための補足取材です。
 バスケットボールの練習を見たのは初めての経験でした。190台の選手に囲まれると183センチの僕も小さく感じました。人を見上げるということはなかなかないもので…。練習を見てみて、バスケットは体力やスピードといった運動能力に加えて、コート上で攻守の両方に渡って様々なチームの約束事やフォーメイションを完成させるために、かなり頭を使わないといけない競技なのかなという印象を持ちました。
 午前中の取材を終えて、今度は国分へ。移動中あちこちに工事があって車が思うように進まず、イライラしました。本当なら京都サンガと鹿屋体大の練習試合が見たかったのですが、間に合いませんでした。補足取材はうまくいったのですが、帰りの車の中で携帯電話に着信。何とカメラとバックを競技場に忘れているとの連絡が会社に入ったとか!! もはや鹿児島入りも目前だったのでひき返すのはあきらめました。明日またとりに行かなければなりません。トホホホホ…



2003/02/21(Fri)
<時代は動く!!>
 サッカー協会の方が会社に来られました。内容はまだ明かせませんが、大隅FCに続いて県サッカー協会の方でも大きなムーブメントが起きそうな気配です。
 僕は今「スポーツ維新の時代」というテーマで取材活動を続けていますが、これほどタイムリーにいろんな話題が舞い込んでくるとは思ってもいませんでした。構想自体は昨年の12月にシンポジウム「新しいスポーツのかたち」があった頃からできていたのですが、その頃には思いもよらなかったトピックが次々と舞い込んできました。僕としてはうれしいようなしんどいような…(笑)。
 でもこれだけはひとついえるのは、今まさに「スポーツ維新の時代」なのだということです。学校体育、企業スポーツで成り立っていた日本のスポーツのあり方が、大きく変わる時代だということです。二宮清純氏はJリーグの発足を「スポーツを学校・企業から地域への大政奉還だ」と著書の中で言っていましたが、大政奉還後の明治維新、ならぬスポーツ維新がどう展開して行くのか? これはおそらく夢のような話ばかりでなく、大きな挫折も時として伴うような茨の道でもあると思います。「抵抗勢力」もあるでしょう。スポーツ選手自体の意識改革も必要です。それを見守る我々メディアもきちんと見極めなければいけません。大変ですが、やりがいのある時代だと思っています。



2003/02/20(Thu)
<運動の習慣>
 このところ休日になると、必ず午前中は健康の森公園にいってランニングコースで走って、プールで泳ぐというのが習慣化されつつあります。
 実のところ、運動するのは先週の金曜日にSCCで走って以来だから5日ぶりなんです。僕の中では昨年の12月以降、風邪でダウンしていた時期を除いては週に3、4回は運動している感じですから、5日間運動しなかっただけで調子が狂うような気がします。非常にいい傾向だとは思っていますけど。
 きょうはそういうこともあったので、少しきつめにメニューを組んでみました。いつもは基礎ドリルをしてアップダウンのきついコースを30分ジョッグする程度でしたが、きょうは1キロ5分半のペースで3000M、しばらくゆっくりジョッグしてから1000Mのインターバル走を2本走りました。1000Mとにかく全力で走って1本目が4分24秒、2本目が4分27秒でした。平地のトラックを走るよりもかなりきつかったです。それでもこれだけの記録で走れたので一通り調子は戻りました。
 プールではいつも体をほぐす程度に平泳ぎしかしませんでしたが、きょうはあえて体にきついクロールで泳いでみました。
 約2時間、少しきつめに体を動かしてみましたが、腰の痛みもないしいい感じです。夕方は城西高校に行って野球の練習をしてきました。運動することは最早僕の生活習慣として定着したようです。



2003/02/19(Wed)
<キーワード>
 きょうは「スポーツ維新の時代」の取材で、午後からバスケット協会の方と会社で話を聞いていました。

 僕がこの仕事をしていて「この人なら面白そうな話が聞けそうだな」と思う人の基準があります。それは話の中にキーワードが見出せる人です。
 長く話を聞いていると、話のうまく面白い人の中には、何回も繰り返して出てくるキーワードが必ず存在しています。だからいくら話が横道にそれても、キーワードを手繰っていけば、話の筋がおのずと見えてきます。思うにそれはその人が自分の頭の中に明確なビジョンを持って確固たるものを持っているか、どうかの差が出てくると思います。話がうまいか下手かという点では決してないような気がします。
 とりあえずきょうの話のキーワードは「バスケットはまずコートありき」「雇用の創出」「自分たちの商品価値」「身の丈にあった日本一を目指す」の4つです。またひとつ新たな可能性と付き合いの輪が広がりそうな気配です。



2003/02/18(Tue)
<行き詰まり>
 「スポーツ維新の時代」を書き始めています。
 どうも、1回目を予定している鹿屋体大の取材をしてから、書き始めるまで時間を空けすぎたせいで、パソコンを打つ手がなかなかはかどりません。

 思うに、こういうオリジナルな原稿を書くときは「書きたい」という情動に駆られたら、一気に書き上げないといいものができないような気がします。2年前がそうでした。県内のラグビー事情をつづった「楕円球に魅せられて」、マイナー競技に光を当てた「光を追い求めて」、県内の高校野球90年代史をつづった「この10年を語る」と2月から3月の短い期間で一気に書き上げたものでした。
 あのときは、今考えても不思議なぐらい、着想の面白さに魅せられて取材・原稿書きに明け暮れていました。そういうときに書いた文章は時間を経って読んでみると、恥ずかしくなるくらい思い込みや熱意ばかりが目について、内容がさっぱりという場合が多いけど、この3つに関しては、多少は不備なものもありますが今読んでもなかなかのできだったと我ながら感心します。逆にいえばあれ以上の作品をこの2年間書けていないです。

 ああいう作家的な発想で文章書いた頑張りすぎがたたって、夏場に鬱になったことを未だに引きずっているのかもしれません。熱くなってしまう自分を無意識にセーブしているような気がします。多分2年前の自分なら大隅FCの着想の面白さを聞いたら、徹底した周辺取材までやって、2、3日後には文章を書き上げていたと思います。今は、その面白さを感じることもできるし、実際文章も書いてみましたが、どうもあのときのような書いている充実感を感じられません。集中力がないし、時間はそこそこあるのに甘えて、ダラダラしていることが多いです。
 この原稿以外にもいろいろ考え事が多いのも事実です。鬱にならない自分をコントロールするのもいいですが、やはりいい作品を作ろうと思ったら、全てを忘れて没頭する時間も必要なのかもしれません。その使い分けが難しいです。



2003/02/17(Mon)
<金メダリストと高校生>
 バルセロナ五輪の男子柔道の金メダリストで、現在は総合格闘家としても活躍している吉田秀彦さんの講演会を取材に甲陵高校まで行ってきました。これは学校の教育講演会として開かれたものですが、一高校の講演会に天下の金メダリストを呼ぶあたり、柔道部・和田先生の人脈と行動力はすごいです。
 タレントでもある吉田さんは、本来なら講演を開くのも事務所を通さないといけないのに、本人の言葉を借りれば「和田先生がいたからここに来た。類は友を呼ぶ」の縁で来たのだそうです。柔道家同士のきずなの深さや、吉田さんの人間性のふところの深さを垣間見ました。
 通常講演といえば、一段高い所から一定の時間講話するものですが、今回は生徒との対話講演という、同じフロアで生徒からの質問に吉田さんが答えるというスタイルで行われました。この辺も事務所との絡みもあったわけですが、結果的にはお互いの距離感をなくして、金メダリストと生徒がより身近に感じられるものになったようです。

 それにしても、ふと疑問に思ったのは、質問をした生徒の態度でした。進行上、あらかじめ質問する内容と、質問する生徒の順番も決まっていたようなのですが、生徒の質問の仕方が、原稿の棒読みになっているのです。
 僕は学生時代、こういった形で普段会うことのできない人の話を聞いて質問する機会を与えられたら、真っ先に質問することに生きがいを感じていました。そういう性格だからこの仕事をしているようなものですが、その違いが驚きです。
 そりゃ、みんなの前でしゃべるのが照れくさい気持ちもあるのでしょうが、せっかく天下の金メダリストとお話できるチャンスなんだから、もっと目を輝かせて相手の顔を見ながら喜喜としている姿をみせて欲しかったです。たかだか「柔道をやめたいと思ったことがありますか?」と聞くためにカンペを見ないと暗記できないほどでもあるまいに…

 今年の正月特集でこの学校の柔道部を取材した時に和田先生が「学校に元気がないから、柔道部で学校を活性化したい」とおっしゃっていました。生徒の話を聞く態度の落ち着きのなさを見ていると、その意味が実感できました。
 自分に自信を持っている人間なら、人が話をしているときは頭を上げているものです。でも下を見て背をかがめている姿や絶えずおしゃべりをしている生徒が多いのを見ていると、その根源はどこからくるのか、考えたくなりました。
 それを見て「いまどきの子供は…」となじるつもりはありません。そういう子供たちをどう一人前にして、自分に自信のあるものを持たせるか、それが教育者である教師の役目なのでしょう。やみ雲に厳しい言葉を浴びせるだけでは、子供は育ちません。和田先生はそういう生徒を一人でも多く育てたくて、そういう機会を設けたのです。

 時間が余ったというので、会場にいた人からも質問を受け付けることになりました。学校の講演会に取材に来たものが果たしてこういう場で質問するのが適切かどうか、迷っていましたが、例によって野次馬根性丸出して「全世界が注目しているオリンピックの舞台に立つときは、どんな気持ちがして何を考えているのか?」と聞いてみました。
 答えは案外そっけなくて「何も考えていない。ただ相手に勝つことだけだ」ということでしたが、その含む意味はとてつもなく重いです。その場の観客だけでなく、テレビの前で世界中の何億とも数えられない人が見ていると考えただけで緊張したり、自分の力が出せないようでは、とうてい世界の頂点など狙えない。その自信を作るために日ごろの練習の中で徹底してけいこして自分を追い込んで「無の境地」を作るのだと理解しました。
 いろんな意味で勉強になった教育講演会でした。