| 2003/03/16(Sun) |
| <じゃんけんゲーム> 朝5時前に起きて、鹿屋まで車を飛ばしましたが、雨のためにちびっこソフトボール大会最終日は順延となってしまいました。 朝、車を走らせながらワイパーを最速にしなければ前が見えなくなるほどの大雨の中で「本当にやれるのだろうか?」半信半疑でした。この大会は6年生が卒業式を間近に控えており、翌週には別の大会が組まれているチームもあるため、簡単に順延できないのです。 雨は降っていて、グラウンドも水浸しでしたが、水はけのいい会場に分散して、試合開始を待ちました。途中、雨が止みそうな気配になって、グラウンド整備も始まりましたが、あと少しで始められそうというときに再び降り出して、また雨宿りに逆戻りとなりました。 雨宿りしているあいだ、あるチームの子供たちと一緒にいました。その学校の先生が最後の大会の応援に来ていました。「子供って時間つぶすの天才ですよね」と感心しています。だれが始めたわけではないのに子供たちはじゃんけんゲームなど手製の遊びを始めています。早く雨が止まないかとやきもきする大人とは対称的に、空き時間を有意義に遊んでいました。 「戦争じゃんけん」なるものがあって、グーを「ぐんかん」、チョキを「ちょうせん」、パーを「ハワイ」と呼んで、じゃんけんゲームをやっていました。20年前に自分が小学生だった頃も、やり方は弱冠違っていましたが、グーチョクパーの呼び方はいっしょだったのが、懐かしかったです。戦争じゃんけんでグーの「ぐんかん」は「軍艦」ですが、「ちょうせん」は「挑戦」だそうです。根拠はありませんが、僕はずっと「朝鮮」だと思っていました。「軍艦」「挑戦」はいいのですが、なんでパーが「ハワイ」なんでしょうかね? 子供たちも特に意味は考えずにやっているようです。まぁそんなもんでしょう。どなたかこのゲームの由来をご存知の方は教えてください。 雨にぬれて散々な1日でしたが、ほんの少し心の和む一こまでした。 |
| 2003/03/15(Sat) |
| <スポーツがもたらしてくれるもの> 週末とはたいがいスポーツイベントがあり、取材で忙しくなるものですが、きょうは珍しく大きなものがなかったので、生原稿ではない自分の取材に時間を費やしました。要するに自分の見たい、行きたいと思ったところに行くという非常にぜいたくな時間です。しかし、仕事だと肩肘張って行かない分将来何かに役立つような話はたいがいこんな時に聞けるものです。 朝バスケット協会の人と話をした後、高校野球の練習試合を見に伊集院球場までいきました。鹿児島城西VS鹿児島南の試合を観戦しましたが、互いにミスと持ち味を随所に発揮しながら、多分観戦する人にとってはさして見ごたえあるとは思えないけど、チームにとってはそれなりの収穫のあった試合なんだろうなと思ってみていました。 そのあと陸上競技場にいってSCCの練習見学。本来なら練習開始時刻に間に合うように行って、汗をかきたいところでしたが、中途半端な時間になってしまって練習見学に落ちつきました。 あらためてSCCの練習を見渡してみると、小学生から大人まで本当に多世代の人間がこの場で練習しているんだなということが実感できます。練習の最後に、特別参加していたある全国紙の記者も「全国でもこういったスポーツの活動がようやく出始めてきたけれども、ここまで成功している例は少ない」と感心していました。 きょう僕はここで、高校の後輩、中学生、学生、マスターズの人たち…男女いろんな人と話をしました。大学入試のため休会していた高校生に進路について、アドバイスしたり自分の体験を話ました。「竹内コーチは雨男だ」という馬鹿話で中学生と盛り上がりました。練習が終ってからは会員のTさんと長時間に渡っておやじの心構えや、父と娘、父と息子の話題で尽きることなく話しあっていました。 こういう場にいると、今、僕にとってスポーツがなくてはならないものであることが皮膚感覚で実感できます。このSCCという団体の理念に共鳴して、自分の行ける範囲で練習に参加し、自分なりにこの集団と関わっていったことで、僕はかけがえのない仲間とこの場所以外では絶対に得られることのできなかった貴重な体験をさせてもらっています。 今、スポーツが大きな転換期にきてスポーツ文化とか経済効果とか、教育とかいろいろ言われていますが、要はスポーツが「その人が得られる素朴な楽しみ」をどれだけ多くの人に提供できるかということだと思うのです。僕はSCCの会員として毎月3000円の会費を払っていますが、そのことに何の苦痛も感じません。その値段に見合う以上のものがここにくれば得られる。自分にとってSCCが提供してくれるスポーツが必要だから当然の義務としてお金を払う。僕の期待に応えられるように、SCCも様々な試行錯誤しながらいろんなサービスを提供することを怠らないがゆえであるのは言うまでもないことです。 これからスポーツについて新しい活動を始める人にはこのことを分かって欲しいと思います。今まで学校体育や企業スポーツに支えられていた日本のスポーツは、スポーツを通した教育とか広告宣伝といった別の目的のために利用されてきました。それが大きな転換期を迎え、スポーツは地域に密着しながらスポーツとして自立するという道を模索しはじめました。 しかし、自立するためにはお金がいります。あるひとつの会社や学校が、その集団のためだけに大金を投じてスポーツを丸抱えにする方法には限界がある。一人ひとりが投じる額は少なくとも、より多くの人の共有財産として生き残る道を選び始めた。とうことはそう感じてもらえる人を1人でも多く増やす責任はひとえにスポーツの側にあるのです。 相次ぐ企業スポーツの撤退に義憤を感じ、「スポーツ選手がかわいそうだ」という気持ちから、スポーツのあり方に目を向けるようになったのが、僕がこういう活動に関わるようになったきっかけです。でも「自分たちがこんなに頑張ってきたのに、企業に捨てられて苦しい思いをしている。だから助けて欲しい」というだけでは多くの人の共感をうることはできません。スポーツの側から何が提供できるのか? その具体例を多く示し、多くの人の共感を得ることができたものが結局は文化として定着し、生き残っていくのではないかと思うのです。 |
| 2003/03/14(Fri) |
| <前田浩二論> きのう出水に行く途中の本屋で玉木正之著「スポーツ解体新書」という本を見つけました。日本人にとってスポーツがどのような関わりを持っていたのか、スポーツジャーナリズムのあるべき姿とはといったスポーツに関する様々なトピックがちりばめられています。スポーツの仕事に携わる人、これからスポーツ記者を目指す人にとっては必読書です。 「政論VS成論」用に、ヴォルカ鹿児島の新監督・前田浩二さんについて、今までの僕の印象をまとめてみようと思います。 スポネット鹿児島設立の記者会見で、県のサッカー協会理事長が「鹿児島のサッカーを前田君にかけてみたい」というほど、全幅の信頼を置かれています。これからのヴォルカ、そして鹿児島のサッカーをしょって立つ期待を背負っています。 前田さんは「男・前田」の愛称があります。98年に所属していた横浜フリューゲルスがマリノスとの合併吸収された際、選手会長だった前田さんは、リーダーシップを発揮して、チームの意見をまとめて会社と交渉したり、選手の身の振り方に相談に乗るなど兄貴分的な働きをされました。その男気をマスコミが「男・前田」と命名したそうです。 スポネットの記者会見で、司会者が「男・前田の登場です!」と大げさにアナウンスして、登壇した本人が「僕は男・前田と呼ばれていますが、決してホモではありません」と第一声で照れくさそうに話していたのが印象的でした。 この気持ち、僕も分かるような気がします。本人もこの呼び方を決して嫌がっているわけではない。リーダーシップを発揮して、路頭に迷う後輩の面倒を見たり、生まれ故郷のサッカーのために帰ってくることも、前田さんの中ではごく自然に心の中に沸き起こったことを実行しているにすぎないのだと思います。それが特別な「男気」のように脚色されて「男」と冠をつけられてしまうことに、恥ずかしさを感じる。僕も同じように言われたことがあるので、その思いが共感できます。だから、公の紙面では「男・前田」の表現は使わないように心掛けています。 話が横道にそれてしまいましたが、薩摩隼人の象徴のような風ぼうのままの力強さと同時に、細かい気配りのできる繊細さも持っています。ものごとを良くするために「批判意見もどんどん言ってオープンにしていくべきだ」と言います。裏の根回しや、あうんの呼吸でものごとを裏側で処理しようとする傾向のある体質を厳しく批判しています。 僕はスポネットが高い理想を掲げるわりには具体的な活動のイメージが見えにくいことをことあるごとに批判しています。でも、スポネットの側もそのあたりをくんでいるのかどうかは分かりませんが、入団テストやサッカー教室などスポネットやヴォルカのやることに対してこれまで以上にメディアに対してこまめにリリースしています。施設に通う子供をJリーグの試合に招待したり、幼稚園児とサッカーを通して交流をしたりと具体的な行動を目に見えるかたちで提示しています。 前田さんは「枠を作るのが嫌いだ」とことあるごとに言っています。「いろんなことにチャレンジしたい」とも口癖のように発言の中に出てきます。スポネットやヴォルカのあり方に、決して満足しているわけでなく、実現の可能性に向けて冷静に他者の意見を聞きながら、理念と行動の両面で具体的に活動している姿が目に見えます。 「誰かがやらないといけないことだしね」。以前から自分が育った鹿児島のために、自分がサッカーでできる恩返しがしたいと考えていて、今回の機会を自分の宿命と考えて今の活動を頑張っています。かといって情熱の炎で火の玉のようにいるわけでもない。情熱をうまく包むオブラートを持っていて誰とでもオープンに話せるのも魅力のひとつなのかもしれません。 スポネットにせよ、ヴォルカにせよ、クリアすべき課題は山積しています。でも、何かを変える原動力はたった1人の情熱でもできます。その可能性を前田さんは持っていると思います。 |
| 2003/03/13(Thu) |
| <出水にて> 高校野球シンポジウムなどでお世話になった福岡在住のスポーツジャーナリスト・井上光成さんのホームページにヴォルカ鹿児島に関する応援サイトができて「政論VS成論」と題して僕がしゃべっています。 http://www.f3.dion.ne.jp/~masago/index.html 休日を利用して出水高校の野球部におじゃましてきました。これで県内十数校目の練習参加になります。 うちの新聞とこのHPの読者に出水の高校生がいて、何度かメールのやりとりをしていましたが、一度は練習に行くと約束していたのでそれを果たしに行きました。 約2時間、平日の練習に参加しました。 部員数は19人。とりたてて野球のうまい子がいるわけではないんでしょうけど、野球に対するひたむきさが伝わってきて好感が持てました。打撃投手をやりましたが、驚いたのはボールの数が少ないことです。100個ぐらい入りそうなボールケースに10個ぐらいしかありません。しかも擦り切れて糸がほつれているものもあります。まめにボール集めをしないとすぐに箱の中がからになってしまいます。 ふと母校のことを思いました。今や我が母校は後援会などの協力で、ありがたいことにボールや用具、設備は潤沢にそろっています。野球はお金がかかるものです。地方の学校ではまだそういったものをそろえるのに苦労していることが実感できました。母校の後輩たちが今の環境で野球できていることに本当に感謝してやらないとばちがあたります。 練習自体は、打撃練習、守備練習、最後に体力作り、走塁練習とオーソドックスな練習です。野球へのひたむきさ、元気の良さは感じられたのですが、練習の中で頭を働かせてひとつの練習でもより多くの効果を得るような工夫が今一つだったので、きょうの練習で感じられたことを練習のあと全員の前で率直に話しておきました。話を聞く態度もしっかりしていました。 最近、あまり母校以外の学校の練習に行った事がなかったのでいい刺激になりました。機会を与えて下さった監督さんに感謝です。出水高校野球部の健闘を祈ります。 |
| 2003/03/12(Wed) |
| <サーキットトレーニング> SCCの練習は毎週水、金、土の3日間あります。短距離部は水曜日が自主練習ですが、長距離は3日間とも練習が組んであります。よってただいま短距離部レンタル移籍中の僕も、水曜日は長距離で練習しています。 きょうはサーキットトレーニングでした。踏み台昇降、腕立て、V字腹筋・背筋、スクワット、ラウンジ、サイド腹筋、バービージャンプ、縄跳び1分間の10種目(もうひとつの名前を忘れた!)、各種目ごとに約100Mのジョッグを入れて各20回を2セット繰り返すというものです。 バービージャンプ以外はそれほどきつくなく、ほどよい負荷を感じながらいい運動ができました。 |
| 2003/03/11(Tue) |
| <肘痛> きのう肩肘の痛みについて偉そうに論じておきながら、きょう打撃投手をしたら肘が痛くなってしまいました。きのうの投げたあとに十分なダウンをしなかったことと、きょう投げる前に十分に準備運動及び肩慣らしをしなかったのが原因です。 最初から肩肘に違和感を感じていたのに、無理して投げたらボロボロでした。何とか肘に負担の掛からない投げ方を試行錯誤して、オーバースローからスリークオーター気味に下げて、抜いたシンカー気味のボールに切り替えたら何とかことなきを得ました。そのあとはひたすら肘や肩のストレッチングに努めて、幸い今この文章を書いている段階ではそれほど痛みはありません。しばらく控えれば直に元に戻るでしょう。 スポーツは体が資本。きちんとした手続きを踏まなければ痛い目にあう。きのう書いたことをみずから体験した貴重な1日でした。 |
| 2003/03/10(Mon) |
| <身体ケアの重要性> スポーツ選手のトレーナーを専門にされている人とお話をする機会がありました。 筑波大でトレーニング理論や運動生理学など、スポーツに関する勉強をして、野球を中心にストレッチングや故障者のリハビリなどを仕事にされているそうです。僕もいろいろ、野球選手の故障について思うことがあったのでいろいろ聞いてみました。 野球に関する取材をしていると「肩の故障で満足に投げられなかった」「ひじが痛くて投げられる状態ではなかった」という話をよく聞きます。最近、思うのはその故障は本当に不可抗力のものなのかということです。 トレーナーの方も「正しい投げ方をしていれば、突発的な事故でもないかぎり、めったに故障するものではない」と言っています。いろんな選手をみていて、肩肘を故障する選手というのは理論的に間違った投げ方をしているか、柔軟性が欠けているのに無理して動かして投げようとするか、要するに人体に負荷のかかる無理な投げ方をしている場合がほとんどであるということです。投げるという動作のメカニズムを正確に理解して、正しく投げればよっぽど無理をしないかぎり肩や肘が壊れるということはない。実際に県内のチームでも、鹿児島城西あたりはその当たりを徹底してやっているから、故障した投手というのを聞いたことがありません。きょう話を聞いて、まずは指導者が正確に理解し、その知識を選手に伝えてケアをすれば、未然に防げる故障が多いということに確信が持てました。 もうひとつは子供のボディケアに関してです。今、本紙の主催で小学生のソフトボール大会をやっていますが、そういう面に関しては非常に遅れていると実感します。小学生の大会にはオフシーズンもありません。高校生よりも中学生よりも身体的にはまったく未成熟な子供たちなのに毎週末、大会が組まれる場合もあるとか。聞くところによると1日で終る大会では、優勝するまでに6、7試合も1人の投手が投げる場合があるといいます。 いくら下手投げといっても、これだけ酷使して身体に影響が出ないはずがありません。実際今高校で野球をやっている選手の中にも、そのときの後遺症がたたって身体のバランスが歪んでしまっている選手がいます。トレーナーの方も、そういった子供の酷使は日本全体で抱えている問題だと指摘されていました。ある高校野球の監督は「野手なら何試合やっても問題ないが、小学生の投手なら1日に100球が限度だ」といいます。 これは100パーセント大人の問題でしょう。その辺をきちんと理解したうえで子供に適切な指導を施している指導者がどれだけいるのか、考えたいものです。今、ちびっこの大会を取材していますが、試合が進んでいくごとに勝負にかける執念はすさまじいものがあります。子供よりもむしろ応援している大人の方がすごいかもしれません。 もし仮に、こういう大会で子供の将来性を考慮して「投手は100球を超えて投げてはいけない」なんてルールを作ったとしてもとうてい受け入れられないような気がします。勝ち進んでいけば、優勝したいと思うのは人情だし、飛び抜けた実力のある子供がいれば無理してでもその子を使いたくなるでしょう。一概にそういうルールを決めるのが本当に正しいとは言い切れませんが、その子は先の長い将来があることを冷静にみつめる大人の目は必要だと思います。その日一日の勝利のために、将来を台無しにすることだけは絶対に避けなければいけません。僕も報道という仕事を通じて、こういう大会に関わっている以上、そういった部分にも何らかのかたちで問題提起をしていきたいと思います。何といっても子供たちは鹿児島の野球界を支える貴重な底辺なのですから。 |