| 2003/04/20(Sun) |
| <雑感もろもろ> おとといの甲鶴戦の模様を掲載記事にアップしました。こうやって写真で時系列に追ってみるのも、また違った面白さがあります。 きのう連載の件で鹿屋体大の井上監督に電話したら、きょう九州のクラブユースサッカー大会があると聞きました。大隅FCにとっては初の公式戦でしたので、きょう連絡を入れてもらうようお願いしました。沖縄かりゆしFCに5−1で快勝だったそうです。監督曰く「将来プロを目指すという明確な目標があるせいか、選手の目が輝いていた」とか。楽しみです。 きのうは九州リーグ第3週。監督の前田さんに電話で話を聞きました。試合前は、11日に鹿児島市内であった花火工場爆発事故の犠牲者の冥福を祈るため、ヴォルカと対戦相手の新日鉄大分の選手で黙とうを捧げ、ヴォルカの選手は喪章をつけて試合に臨んだそうです。 事故の翌日に、高校野球の決勝があったとき、僕は試合前に全員で黙とうを捧げてもいいのではと思ったことを思い出しました。前田さんは「夢を売るという同種の仕事をしているから」と話していました。それをしたからどうなるものでもないけど、そういう気持ちを表すことは大事なことだと思います。 来週は特集&九州高校野球&新報サッカーフェスティバルとゴールデンウイーク前のハードな1週間になりそうです。 |
| 2003/04/19(Sat) |
| <連載開始> 長い間、なかなかはじめられなかった連載「スポーツ維新の時代」がようやくスタートします。あしたの新聞からです。 企画自体は昨年末ぐらいから頭の中にあり、当初は2月の中旬ぐらいに始める予定でしたが、約2カ月遅れてしまいました。サッカーの大隅FCやヴォルカ鹿児島、バスケットの鹿児島教員ク、陸上のSCCが題材ですが、いずれも現在進行形の動きであり、いつから連載を始めるか踏ん切りがつきませんでした。加えて高校野球やら生ニュースのための紙面が割かれたため、大きなスペースを取る企画がなかなか入りませんでした。 うかうかしていると、県高校総体の時期になってしまい、そうなると特集を入れられるスペースは皆無になってしまうのできょう組からのスタートとなりました。書きたいと思っていた情熱を長く引っ張ってしまったので、本当にいい出来なのか自信が持てませんが、反響があることを願っています。 |
| 2003/04/18(Fri) |
| <甲鶴戦と60分走> 朝の9時ぐらいから夜の8時ぐらいまで鴨池運動公園で過ごしたハードな休日でした。 きょうは甲鶴戦の日です。甲鶴戦とは鶴丸、甲南両校の運動部の対抗戦です。結構歴史があって今年で33回目を迎えます。毎年4月にこの甲鶴戦をやることで、鶴丸生は鶴丸生としての、甲南生は甲南生としての自覚を持つという大変意義の深い大会です。最近では甲鶴戦を見習って、鹿児島中央と玉龍で中玉戦、武岡台と錦江湾で錦武戦が実施されています。 僕が高校に入学する前までは種目も少なく、午前中は授業を受けて、昼からの開催でした。それが高校一年の頃がちょうど20周年の節目の年に当たり、それまで実施していなかった柔道や剣道などが加わり、終日開催となりました。以後は節目に関わりなく終日開催となり、最近では卓球、バドミントンなども加わり、全部で18種目が実施されています。 朝のリレーから見ていましたが、若人のエネルギーは本当にすさまじいです。野球の全校応援なんて普通は県大会のベスト4以上に進まないと実現しないのですが、毎年こうやって全校応援でプレーできる機会があることは貴重です。 今年は新人戦準優勝のラグビーをはじめ、甲南が優勢と思われていましたが、鶴丸もサッカー、ハンドボール、男子バスケットなどが善戦しました。結局は9勝8敗1分けで甲南が久々の総合優勝を手にしました。鶴丸OBとしては残念な結果ですが、野球部は悪いなりに結果を残してくれたので、まずまずといったところです。 夕方は余勢を駆ってSCCの練習に行きました。 右足の肉離れは完治していませんが、だいぶ動けそうだったので、きょうは基礎ドリルから参加しました。とはいってもまだ短距離のダッシュなどは無理できないので、久々に長距離ブロックで練習しました。 メニューは60分ジョッグ。これまでダッシュ王に備えて短距離の練習しかしてきませんでしたので、持久運動は2カ月ぶりぐらいです。 最初の1周は軽く入ったつもりでしたが、1キロ4分45秒ペースとだいぶ速かったです。練習をしていなかったとはいえ、体がだいぶ絞れていた成果でしょう。ただし、先の長さを考えてしまう徒労感が抜けず、マラソンの練習をしていた頃に比べると、絶えずきつさが襲ってきました。 何度も何度も、足のことも考えて途中で止まって、ウオーキングに変えようかと思いましたが、意地で走り続けました。何故か自分に言い訳して楽な道を選びたくなる気持ちを奮い立たせて、走りました。相当負けず嫌いな性格なのでしょう。歩いたら、何周も抜かした人たちに抜き返されるのが嫌で、走り続けました。最後は1キロ5分ペースに落ちましたが、久々にしては走れたと思います。何より、自分に妥協しなかったことがうれしいです。幸い足の方も特に痛みは出なかったのでアフターケアをしっかりしました。 陸上競技場のリレーに始まり、陸上競技場の60分間走に終った、ながーい一日でした。 |
| 2003/04/17(Thu) |
| <思い出話> 春を一気に通り越して、初夏になってしまったような陽気です。外を歩くと汗ばむくらい… 昼食時間の合間に、父方の祖母が入院している病院へお見舞いに行きました。肝臓を患って1カ月ほど前から入院しています。ちなみにそこはかつて僕がうつ病で悩んでいた時に入院した病院でもあります。手術が必要とかいうような大きな病気ではないのですが、絶対安静が必要ということで長期入院となってしまいました。何回かお見舞いに行っていますが、祖母は病気よりもむしろ外に出られないことにストレスが貯まっているようです。旅行に行ったり、スイミングスクールに通ったり、仲間とカラオケに行ったりするのが大好きな祖母にとっては、1カ所でじっとしている方が辛いかもしれません。 きょうは6年前に亡くなった祖父の話で盛り上がりました。奄美大島生まれの祖父は、機械いじりが大好きで、あたらしもの好きだったといいます。僕の父が生まれた当時は、飴屋を営んでいたのだそうです。小学校教員でもあった祖父の家には教え子たちがよく遊びに来ていて、父の名前はその子供たちが祖父と祖母の名前から取って名付けられました。そのあとは豆腐屋、精米所と当時の島にはなかった、いろんな商売を手がけました。 奄美から沖縄に渡り、電気関係の商売をしていた祖父は、最終的には鹿児島に渡り、カラオケ機械のリース業に取り組むことになります。当時はカラオケボックスもなくて、ジュークボックスという機械をスナックやらバーにリースするという仕事でした。今でこそカラオケは当たり前にありますが、鹿児島でその先駆となったのは祖父だったと祖母は話しています。 初孫だった僕は、祖父には非常にかわいがられ、よく布団の中でいっしょに寝た記憶があります。普段は寡黙であまりしゃべりませんが、焼酎を飲むととたんに陽気になっていろんなことをしゃべります。子供の頃、誕生日で父方と母方の祖父同士が顔をそろえると、昔話に花が咲いていました。その話をそばで聞くのが楽しみでした。 僕の印象の中には「優しいおじいちゃん」の印象しかありませんが、今こうして祖母の話を聞いていると、進取の気勢に富み、いろんなことに挑戦していた実業家としての顔が浮かんできます。人がやらないことに取り組むことが好きだったと祖母は述懐します。小さいながらも一代でひとつの会社を起こしたわけですから頭が下がります。最も身近な先人の教えを大事にしたいものです。 |
| 2003/04/16(Wed) |
| <「買ってはいけない」論争> 休日を利用して午前中は散らかしっぱなしだった部屋の整理をしました。冬物の服をしまったり、床に散乱していた書籍を片付けたり、掃除機をかけたり…片付けようと思うまで時間がかかりますが、終わってみるとやっぱりきれいに片付いているっていいなぁと思います。 本を整理していたら、数年前に買った「買ってはいけない」(週刊金曜日別冊ブックレット)と「「買ってはいけない」は買ってはいけない」(夏目書房)という2冊の本を見つけました。(非常にややっこしいタイトルなので後者は以後「反論本」と表記します) 「買ってはいけない」は週刊金曜日の連載企画で96年から99年にわたって取り上げた飲食物、薬、雑貨などの「お勧めできない商品」を商品の実名と製造元を挙げて列挙しています。この本を買った当時は、非常に衝撃的で、コンビニなどで買い物するときも、必ず食品の成分表示を見て添加物の多い商品はなるたけ避けようとしていたのを覚えています。 しばらくたって、書店をぶらぶら歩いていたら「買ってはいけない」とまったく同じような装丁の反論本を見つけました。本の大きさも掲載の仕方もあえて同じようなスタイルをとり、「買ってはいけない」の矛盾点を掘り出しています。 今改めて両者をいっしょに読んでみると、ジャーナリズムとか、論争とか、批判についていろいろ考えさせられます。 確かに「買ってはいけない」が指摘するように、世の中には不要不急と思われる商品が氾濫しているし、スポンサー企業におんぶにだっこなテレビや新聞などのメディアは、その辺について突っ込みが甘いのかもしれません。しかし、反論本のいうように「買ってはいけない」の論の展開の仕方も、いたずらに消費者の不安を煽るような見出しのつけ方だったり、科学的根拠の置き方がずさんだったりと不備な点は否めません。 科学に対して知識が乏しい僕には「○○酸××は発ガン性が指摘されている」とか「ラットの実験で○○癌が確認された」などと表記されると、どうも本物らしく感じてしまいますが今一つ確信が持てません。逆に、反論本の中で「そんなことはない」と否定されても同じです。 でも例えば「エアーサロンパス」の中で「買ってはいけない」が指摘するように「ケガをしたら冷やしてはいけない」というのは、今のスポーツ現場の考え方からするとどう考えてもおかしいし、この点に関しては反論本の指摘が正しいと思います。かといって反論本の中のコラムで相手を「ファシズム」だの「トンデモ本」と感情的に否定する考え方もどうかと思います。 何だか、一消費者としては「一体何を信じて買えばいいのか?」と疑問を投げかけてしまいそうですが、僕は反論本の中にあった鈴木邦男氏の「真実はこの中間にあるのではないか」という意見に賛成です。 |
| 2003/04/15(Tue) |
| <災い転じて…> きのう掲示板を閉鎖してから、だいぶ落ちつきました。この数日間は、一体だれに何を書き込まれるかわからない怖さがあって、掲示板のことが頭から離れませんでした。考えてみると、本来インターネットとは人と人のコミュニケーションを円滑にする道具にすぎないのに、いつのまにかそれに躍らされて、神経をすり減らすのは本末転倒な話です。人があくまで主体的に、能動的に利用してこそ価値があるものだと思います。 さて気持ちが落ち着いてから、今回のことを契機に著作権や肖像権について勉強してみようと思っています。 考えてみると著作を仕事にしている身でありながら、著作権とか肖像権とかに対する認識が甘かったことは汗顔の至りです。というわけで、まずは著作権に関していろいろと調べてみました。 ネットをいろいろ当たってみると、ある法律事務所のHPの中に法律相談のコーナーがあって、著作権に関するQ&Aコーナーがありました。http://www.katolawpatent.com/ その中に「新聞の記事をそのままHPに使うことは著作権侵害となりますか」というのがありました。まさにタイムリーな話題です。興味深いのは「新聞記事の著作権は原則として新聞社にあります(なお、記事を書いた人の名前が掲載されている新聞記事の著作権は記事を書いた人にあります)。従って、新聞記事をそのままHPに掲載するにあたっては、あらかじめ新聞社に断って同意をとるべきです」という記述がありました。 これにあてはめて僕が自分の書いた記事や写真を、自分のHPに使うことを考えてみましょう。HPを開設する趣旨はきのうの日記に書いた通りです。使用に関しては「あらかじめ新聞社に断って同意」は得ています。さらに鹿児島新報の場合は01年10月から毎日新聞などと同じく原則署名記事です。少なくとも01年10月以降にこのページに載せた記事は、新聞に載る際も「政純一郎」の名前が入っています。となると、今回のケースで記事の使用は著作権侵害にはあたらないのではという解釈も成り立ちそうです。 もっとも「記事を書いた人の名前が…」の部分に関しては、例えば、社外の外部執筆者が寄稿した文章には当てはまるでしょうが、社内の記者にもそれが適用されるかどうかは分かりません。そもそも著作権の侵害に当たらないからといって、たとえば日本中の新聞記者が自分でサイトを開設して自分の記事をそこに載せたてしまってもいいのかという疑問は残ります(だからそもそも、掲載を会社が認めない場合が多いでしょう)。 まだまだ不明な部分も多いので、その事務所にメールを送ってみました。そのあたりが判明したらまた報告しようと思います。 |
| 2003/04/14(Mon) |
| <お知らせと見解> すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、本日を持って、このHPの掲示板を一時閉鎖しました。 最近、このページにわたしが新聞で書いた記事を載せていることについて著作権、肖像権を挙げて、強い指摘をされている方がいらっしゃるため、わたしが精神的にまいってしまいました。不特定多数の人が見る場にああいった内容でわたし個人や会社を中傷されるのは本来、このページを作った趣旨に反するので、やむなく閉鎖をしました。書き込みを楽しみにされていらっしゃっていた方には申し訳ありませんが、ご理解下さい。メールアドレスはそのままですので、何かありましたらメールをお寄せ下されば返事はいたしますのでよろしくお願い申し上げます。 もう一度ここで、わたしがこのページを始めた趣旨、著作権、肖像権に関する見解を述べさせていただきます。 肖像権に関しては率直にわたしの認識不足を指摘頂いたのはあり難かったと思います。京都サンガの松井選手の記事をはじめ、肖像権の及びそうなプロ選手の記事に関しては、早急に過去の記事を点検し、削除したいと思います。 このページをはじめようと思ったきっかけは、一番最初の日記にも書きましたが、自分の書いた記事、思いを多くの人に知ってもらい、いろんな人の意見を聞ける場を設けて交流を深めたいと思ったことがきっかけでした。 ご存知とは思いますが、鹿児島新報は発行部数が少ないです。鹿児島新報という新聞を知らない方も多いです。スポーツ現場で長いこと取材をしていますが、わたしの書いた記事なども、読みたいと思う方は大勢いらっしゃるのですが、「コンビニとかで売ってないから買えない」といった声を聞いたことがありました。 そこでわたし個人でサイトを開設し、ネット上で記事と写真を掲載してみれば、もっと多くの人に読んでもらえる機会が増えるのではないかと考えました。さらには「日記」というかたちで、記事では書けなかったわたし個人の思いや、取材のこぼれ話なども載せれば、記事を書くまでの工程なんかが見えてきたりして、面白いのではないかとも思いました。日々の動きをつづることでわたしにとってはいつか記事を書くためのネタ帳の意味もあります。 もちろん個人で開設するものとはいえ、著作権は会社にあるわけですから、開設する前に当時の報道部長に話をしました。このページを作る趣旨を話した上で、承認してもらいました。掲示板に書き込みがあってから現在の報道局長にも再度確認しましたが、会社としての見解は同じです。 そして2001年の3月からこのページがスタートしました。この2年間、多くの方々から反響を頂きました。県内はもちろん、県外に住んでいる鹿児島県出身者の方、将来スポーツ記者になりたい中・高・大学生、高校野球ファンの方…いろんな方が掲示板、メールで感想や質問を寄せていただきました。野球場で取材をしているとチームの指導者や、応援の父母の方から「いつもみてますよ」と励ましの声を掛けていただいたこともあります。 もちろんわたしの認識不足、勉強不足で、お叱りをいただいたこともあります。わたし自身もいろんなプレッシャーを感じながら、文章表現を考え、たんなるアンダーグラウンドの誹謗中傷にならないよう、個人のページとはいえわたしの身分を明らかにし、新聞と同等に多くの人に情報を伝えるメディアとして役立てていただければと考えています。 これからも、わたしに対していろいろと思っていらっしゃる方はいらっしゃるでしょう。前述しましたようにメールアドレスはそのままですので、メールにて忌憚のないご意見、ご感想、そして真摯なご批判を頂ければと思います。 また著作権や肖像権についてはわたし自身、不明な部分が多々あります。そういった面でのご指摘も頂ければ、ありがたいです。 |